子どもたちが望むスポーツを。令和8年夏に向け部活動改革を進める静岡県掛川市の取り組み。

中学校の部活動に「やりたいスポーツがない」などの問題を解決するために始まった「運動部活動改革」。スポーツ庁をはじめ、さまざまな機関・団体が取り組みを始めるなか、JSPOでもスポーツ少年団の育成、総合型地域スポーツクラブの育成、指導者の育成などを通じて運動部活動を含めたジュニアスポーツの環境整備に取り組んでいます。 こうしたなか、令和8(2026)年の夏をもって学校における部活動を廃止するという具体的な方針を打ち出した静岡県掛川市。その取り組みは、全国の自治体が視察に訪れるほど注目されています。 部活動改革の着想から決断、そして実行に至るまで、その取り組みはどのように進められてきたのか、「JSPO Plus編集部」は静岡県掛川市の教育委員会を訪れ、佐藤教育長と、大原指導主事にお話を伺いました。

目次

地域展開でジュニアスポーツを支えていく。生涯学習への着地を目指して、「かけがわ地域クラブ」を設立

まずは掛川市教育委員会 教育部 教育政策課 教育政策係の大原指導主事に、部活動改革における取り組みの経緯などを伺いました。

JSPO Plus編集部

まずは、運動部活動改革における掛川市の取り組み、その経緯についてお聞かせください。

大原さん

はじめに、「掛川市の紹介・取り組み・考え」「掛川市の部活動」「かけがわ地域クラブ」についてと、「放課後の在り方」と「かけがわ地域クラブの未来」を簡単にお話しします。
掛川市は2005年に旧掛川市と大東町、大須賀町が合併して、現在の掛川市が誕生しました。掛川市の人口は115,028人。小学校は22校で生徒数は6,289人、中学校は9校で生徒数は3,165人です(※数字は令和6年度の掛川市統計書より)。
掛川市は縦に長く、大きく北と南に分けられます。

大原さん

人口約11万人の都市で小学校が22校、少子化の影響もあり令和7年に1校が閉校して21校に。今後、小学校や中学校が統合されて小中一体校になっていく流れになっています。

JSPO Plus編集部

掛川市さんの部活動改革はどんなことから取り組まれたのですか?

大原さん

最初の取り組みは令和3年度、スポーツ庁と文化庁の部活動の地域移行に関する実践研究に参加して、水泳部の地域クラブ移行と、吹奏楽部の地域団体連携をおこないました。
水泳部は市内2つの中学校にあるのですが、専門的な指導者がいないということで、市のスポーツ協会が運営し掛川市が公認する地域クラブで活動することになりました。
吹奏楽部は南部の城東中学校の部員たちが、地域の吹奏楽団と一緒に活動する機会を設けました。その結果、それぞれの価値観や方向性の違いなどもあることがわかり、部活動を移行することは難しいところがあると感じました。

大原さん

令和4年度には公認地域クラブの制度を開始して、市が公認する地域クラブで学校施設の優先予約を開始したほか、子どもたちの声を聞き、ニーズが高かったデジタルクラブやバドミントンクラブを創設し活動を開始しました。指導者の資格制度や研修制度もこの年からスタートしています。

また、令和6年度には南部にサッカークラブがなかったのでサッカークラブ「FC掛川South」を創設しました。

JSPO Plus編集部

「かけがわ地域クラブ」設立に向けた取り組みはいつ頃からおこなわれましたか?

大原さん

「かけがわ地域クラブ」の設立に向けて大きく動き出したのが令和5年度です。掛川設立連携協議会を立ち上げ、会長には部活動学会の会長であった長沼豊先生(東京都板橋区の教育長)、副会長には明治大学の林幸克先生をむかえ、スポーツ協会、文化財団、そして野球、サッカー、バドミントンなどの協会、連盟の代表者の方、事務局など30~40名が集まり年4回、「かけがわ地域クラブ」設立に向けて協議してきました。また、種目ごとの検討部会も年5回行い、令和6年度には「種目別指導者会議」と名前を変え、地域の指導者と教員の中で手をあげてくださった方々にも参加していただいています。

JSPO Plus編集部

「かけがわ地域クラブ」設立で、掛川市が目指すものは何でしょうか?

大原さん

「かけがわ地域クラブ」のコンセプトは、“学校教育の一環から生涯学習の一環へ”ということで、持続性、多様性と、公平性と包摂性をテーマに生涯学習への着地を目指しています。
「部活動の地域展開がゴールなのか?」「それが目的なのか?」という声をいただくことがありますが、私たちとしては“未来を見据えた教育をするための1つの手段が部活動の地域展開である”ことを説明しています。

種目や楽しみ方、活動のペースなど、子どもたちの多様なニーズに応えていく。

JSPO Plus編集部

まずは掛川市の部活動の状況について教えてください。

大原さん

掛川市の部活動は、9つの中学校で運動系と文化系あわせて100近くが部として活動しています。種目で見ると運動系が10種目、文化系が4種目。学校によってはさらに少なく、子どもたちが希望する部がなく、やりたいものとは違う種目を選択するケースも出ています。
また野球やサッカーなど団体競技は、学校によっては部はあるものの試合ができる人数がいないという問題も起きています。少子化問題は掛川市に限ったことではありませんが、こうした格差はこの先さらに拡がっていきます。

現在、市内に中学生が3200人程度いますが約10年後には2500人程度になります。駅周辺の学校では生徒数もあまり減りませんが、駅から離れた学校では生徒数も教職員数もさらに少なくなる、こうした格差が私たちの進める地域展開の原動力にもなっています。

JSPO Plus編集部

JSPO Plusの記事(部活動改革Vol.1)でも少子化やニーズの多様化について触れていますが、実際に現場ではどのような声があがっているのでしょうか。

大原さん

子どもたちに「かけがわ地域クラブ」において“どんな種目をしたいか? ”を聞いたアンケートでは、1位:野球、2位:サッカー、3位:バドミントンという結果に、文化系は1位:料理、2位:吹奏楽、3位:美術という結果になりました。
また、活動希望日数は週2~3日を希望する声が多く、求める活動内容はエンジョイ志向と競技志向の中間を求める声が多くありました。

1位の野球については、2024年の夏には掛川西高校が甲子園に出場したこともあり、その時々のスポーツの盛り上がり方によって人気に違いがあると感じています。

こうしたヒアリングを重ねていった結果、サッカーとバドミントンの地域クラブを立ち上げ、プレスタートというかたちで活動を開始しています。

社会全体としての「部活動観」を変えていく。かけがわ地域クラブは「観の大転換」によって誕生!

JSPO Plus編集部

教員の方々からは実際にどのような声があがったのでしょうか?

大原さん

令和6年7月に中学校の部活動顧問に“部活動を負担に感じているか?”とアンケートをとったところ、78%の方が“負担に感じている”と回答。理由として多かったのは、放課後に授業の準備をする時間がないことや、自身が経験したことのない種目の顧問となっていて指導する上で不安があるとのことでした。

そこで掛川市では、令和6年度より勤務時間内(16:30まで)に部活動を終えるようにしました。各校で教育課程等を工夫してやっていただいたところ、67%の顧問の方が「負担が減った」と回答されました。
その一方で“負担は変わらない”という声もあり、その理由として「部活動がある限り、その種目の協会や連盟との関わりがあり役員や審判などをしなければならない」ことや「指導力不足」があがっていました。

大原さん

顧問に代わって技術指導する方たちからはどのような声があがったのでしょうか?

大原さん

地域の方たちとも話をするのですが、競技の団体役員の方々は、中堅、若手の指導者不足が深刻なため「数年後には誰もいなくなるよ」と言われたり、地域の指導者からは「私たちは子どもたちに技術の指導はできるけれど、学校の先生が指導するようなことはできない」と言われたり。
「部活動」という名前がある限りは、地域の指導者が指導するのは難しいと言う方が多く、私たちも顧問の先生と地域の指導者の方たちが交流し、意見を交わし合える期間を設ける必要があると思いました。

JSPO Plus編集部

確かに“部活動は学校のもの”と考えてしまいます。

大原さん

そうなんです。こうした理由から“多様な価値観・考え方に応えることができる環境にしたい”、“誰もが無理なく、持続できる文化・スポーツ活動にしたい”と、社会全体としての「部活動観」を変えていく必要があると考え、令和8年夏に部活動を廃止することを打ち出しました。
既存の形に捉われず、新たな形を創る。かけがわ地域クラブは、学校・教職員・保護者・地域における「観の大転換」によって誕生します。

JSPO Plus編集部

会費が発生することについて保護者の方からはどのような反応がありましたか?

大原さん

2024年9月に、市内の小学生と保護者(3.267人)に「中学校では放課後活動をするか?」と質問したところ、2,417人(全体の約88%)が「活動する」、335人(約12%)が「活動しない」と回答しました。
活動しない理由として、会費の問題が大きいと予想していましたが、一番は「興味・関心がある活動がない」からで、続いて「趣味に時間を充てたい」、「勉強に時間を充てたい」、「移動が大変そう」など、「お金がかかりそう」という回答は上から5番目の結果でした。
会費については、すでに小学生のうちからスポーツ少年団やクラブを経験している人にとっては抵抗がなく、習い事などを何もしていない方にしてみると「中学の部活動なら負担が少ないのに」と、それぞれで受け取り方が違うという印象を受けました。

JSPO Plus編集部

子どもたちが興味ある活動として、野球、サッカー、バドミントン、料理、吹奏楽、美術があがっていましたが、他にはどんな声がありましたか?

大原さん

アンケートでは、ボルダリングやEスポーツ、釣り、電車、写真部があればやってみたいという声がありました。あらかじめ用意された種目から選ぶのではなく、子どもたちがやりたい活動に挑戦できる、そして、自分たちで決めていくことができる、そのような環境を市民総ぐるみで地域につくる必要があります。
しかし、「趣味」や「勉強」に関しては私たちが支援する範囲ではないと考えています。教育委員会としての役割りは、「興味・関心がある活動がない」と答えた子どもたちのために、市民団体の方々の多種多様な地域クラブの創設を支援し、幅広い活動の場となる、居場所をつくることだと思っています。

部活動改革のきっかけは、校長時代に要望があった「バスケ部をつくってほしい」という声。子どもたちの“やりたい”という想いに、教育長として応えていく。

どこよりも早く部活動改革に取り組まれてきた掛川市。そのきっかけは、佐藤教育長が校長時代のエピソードにあると言います。ここでは、掛川市教育委員会の佐藤教育長に、部活動改革に対するご自身の想いなどをお聞きしました。

JSPO Plus編集部

掛川市さんは「部活動改革」に対して全国でもいち早く動かれましたが、佐藤教育長ご自身に部活動への想いがあったのでしょうか?

佐藤教育長

2011年に私は栄川中学校の校長になったのですが、栄川中学校は掛川市の中でも小さい学校で、子どもたちが選べる部活動が少ない。そこで子どもたちや保護者の方から、希望する部活動をつくってほしいと言われました。例えばバスケットボール部の設置要望がありましたが、指導できる先生はいないし、外から専門家を連れてくるわけにもいかない。子どもたちのためにも何とかしたいと思い、そのときから部活動は地域に展開していくべきだと考えていました。

JSPO Plus編集部

部活動改革に取り組みはどのようにして動き出したのでしょうか?

佐藤教育長

令和2年に国が、教員の働き方改革の一つとして「部活動の地域移行」を打ち出しました。このとき私は教育長になっていたので、これはいいチャンスだと思い、一気に組織を整えながら進めていきました。
ただし、市長の了承なしに教育委員会単独では動くことができないため、NPO法人に、まずは吹奏楽を地域部活動として展開できないかということでお願いしました。部活動を地域に移行するためには「地域の方の声を活かしながらできないか?」という考えが地域部活動のスタートでした。

JSPO Plus編集部

令和8年夏に部活動を廃止するという発表はインパクトがありましたか?

佐藤教育長

部活動の地域移行は、正直もっと早く進むと思っていましたが、やはりゴールを決めないと物事は進みません。そこで令和4年の総合教育会議で、もう「部活動の概念を無しにします」と言ったところ、記者さんが「部活動は廃止なんですね」と。翌日の新聞に掛川市は「部活動廃止」と出てしまったので、掛川市として覚悟を決めは部活動を廃止して地域展開を進めていこうとなりました。

私自身、部活動は好きです。教頭のときまで指導者として関わってきましたし、協会の役員も10数年務めてきて、本当は部活動も推進したいけれど、先ほど言ったように学校の校長になってみると、子どものための部活動になっていない。なので、地域に展開していこうと考えたのです。

部活動を生涯学習という視点で地域へ展開。「かけがわ地域クラブ」は、地域全体のウェルビーイングを考えた取り組み。

佐藤教育長

国の部活動動改革はもともと部活動の「地域移行」と言っていましたけれど、最終的に「地域展開」となりましたよね。「地域移行」だと丸投げという印象があったので私たちはその呼び方は避けてきました。

生涯学習という視点で少しずつ地域へ展開していく。令和8年夏8月に部活動廃止というゴールがあるので、そこまでに中学生が困らないように展開していくことを目指しています。
私たちが目指すクラブ(かけがわ地域クラブ)は、おじいちゃんおばあちゃんまで含めた、小さいお子さんから一緒になってコミュニティを作って活動できるそういうクラブを理想としているので、中学生だけのクラブではないという特徴があります。

JSPO Plus編集部

そうした想いから誕生したのが「かけがわ地域クラブ」なのですね?

佐藤教育長

「学校教育の一環」から「生涯学習の一環」へ、ということで、子どもたちには生涯学習への第一歩として(多様性)、教員には魅力ある働き方の実現として(持続性)、そして地域住民には市民のチャレンジ機会創出として(公平性、包摂性)、地域全体のウェルビーイングを考えたクラブ、それが「かけがわ地域クラブ」です。

ここには卒業がないので、中学3年なったからといって部活動を辞めることなく続けていけます。それこそ小さい頃から小中高とクラブ活動を楽しんで、大学生になったときには自分が指導する立場になる。こうした循環もウェルビーイングのひとつだと思います。

JSPO Plus編集部

子どもたち、教員、地域住民、みんなにとってのいいクラブということですね?

佐藤教育長

掛川市内の学校にお勤めされている先生の約7割は市外の方。車で1時間以上かけて通う先生や新幹線で通っている先生もいて、そうした先生たちが土日まで来て部活動をやるのは負担が大きい。先生方が明るく元気であることが子どもたちにもいい影響を与えると考えるので、子どもファーストでありながら教員ファーストでもあること、ここは一緒に考えています。

JSPO Plus編集部

今後の課題などについてお聞かせください。

佐藤教育長

現在(令和7年4月)、スポーツ協会や文化財団とつくっている公認地域クラブと市民団体の公認地域クラブは、49クラブになり、令和8年夏には、80以上のクラブが創設される予定です。しかし、問題となるのは指導者の確保です。全国的にも指導者がいないと言われていますが、これは指導者がいないのではなく、やれるような形をつくろうとしていないだけなんですよ。

現在、国が部活動を「休日」だけ地域に移行しようとしていますが、平日は顧問の先生で、休日は地域のコーチとなると、子どもたちも「先生とコーチで言ってることが違う」と感じることもありますし、指導する立場としてもお互いにやりづらい。指導したい方は、平日も休日もやりたい方が多いので、休日と平日を一緒にすることである程度の指導者を確保することができると考えます。

私たちとしては、今後も地域のニーズに応えながら公認地域クラブを立ち上げていって、令和8年夏以降はご年配の方や小さなお子さんも一緒になって楽しく活動できるような「かけがわ地域クラブ」へ展開してくことを目指しています。

JSPO Plus編集部

ありがとうございました。

まとめ

子どもたちの望む活動の環境を用意していく掛川市の取り組みは、JSPOが目指すジュニアスポーツ環境の充実、地域スポーツを最適化する考え方と同じであると感じました。
部活動改革の発端にもなっていた、運動部活動における指導者(顧問)の指導力不足はJSPOの調査でも確認でき、それを改善するための取り組みをJSPOでもおこなっています。
JSPOでは、子どもたちがスポーツを安心・安全に楽しめるように、プレーヤーズセンタードのコンセプトのもと、各種講習会や研修会を開催しています。

公認スポーツ指導者について(JSPO 公式HP)
https://www.japan-sports.or.jp/coach/tabid63.html
本記事の後編として、かけがわ地域クラブの現場を訪れ、取り組みを紹介していますので、是非そちらもご覧ください。
https://media.japan-sports.or.jp/column/153

運動部活動改革 特集ページ(JSPO 公式HP)
https://www.japan-sports.or.jp/tabid1377.html
JSPO Plus別記事 「運動部活動の地域移行で、子どもたちの望む未来へ。JSPOは資質能力を備えた「スポーツ指導者」の育成を推進します」
https://media.japan-sports.or.jp/column/101
JSPO Plus別記事 「JSPOが行うスポーツ環境整備とは。世代・技術・地域を越えた取り組みについて解説」 
https://media.japan-sports.or.jp/column/66
JSPO Plus別記事「子どもたちのやりたいスポーツをやりたいかたちで。「運動部活動改革」を契機に、JSPOが目指すジュニアスポーツの環境整備に向けた取り組み。」
https://media.japan-sports.or.jp/column/134


#JSPO #部活動改革 #地域展開 #地域移行 #掛川市 #掛川地域クラブ #スポーツ少年団 #総合型地域スポーツクラブ #スポーツ指導者