【前編】最新の情報を取り入れ、スポーツ現場における熱中症を予防! 全国のスポーツ指導者を対象に「熱中症予防フォーラム」を開催しました。

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【前編】最新の情報を取り入れ、スポーツ現場における熱中症を予防!   全国のスポーツ指導者を対象に「熱中症予防フォーラム」を開催しました。
年々、厳しさを増す暑さ。2025年は6月に30℃以上の真夏日が10日以上となり、また、7月・8月は連日35℃を超える猛暑日や40℃を超える日も記録されました。そのような中、熱中症による事故は各地で多数報告され、スポーツの現場でも熱中症による事故が起きています。
ただし、スポーツによる熱中症死亡事故は「無知」と「無理」によって生じるものであり、適切な予防措置さえ講ずれば防げるもの。

JSPO(公益財団法人日本スポーツ協会)では、2025年6月28日(土)に、大塚製薬株式会社にご協賛いただき、下記の目的で、「令和7年度熱中症予防フォーラム」を開催しました。
本記事では、その様子をお届けします。
最新の情報を取り入れ、熱中症を予防し、安全・安心にスポーツを楽しみましょう!

<開催目的>
〇 近年増加する熱中症リスクへの理解を深め、スポーツ現場での安全対策を促進すること
〇 熱中症に関する最新の知見、「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」の改訂内容および熱中症予防の取組事例などを共有すること

スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブックを一部改訂

JSPOでは、スポーツ活動中の熱中症予防に関する教育啓発資料を充実させ、効果的で継続的な普及・啓発をおこなうことを目的とした研究プロジェクトを設置しています。スポーツ活動による熱中症事故の実態調査、スポーツ現場での測定、運動時の体温調節に関する基礎的研究など幅広く研究をおこない、これらの研究成果を取り入れて熱中症とその予防について解説した「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」を発刊しています。
1994年に発刊した初版では熱中症予防の原則は8ヶ条でしたが、その後5ヶ条に改訂。
1.暑いとき、無理な運動は事故のもと 2.急な暑さに要注意 3.失われる水と塩分を取り戻そう 4.薄着ルックでさわやかに 5.体調不良は事故のもと 
として熱中症事故をなくすための呼びかけをおこなってきましたが、この度4.の薄着ルックでさわやかに」を「冷やそう、からだの外から内から」とし、「身体冷却」の大切さを伝える内容に改訂しました。
熱中症予防5ヶ条の詳細はこちら
本フォーラムでは、JSPOの熱中症予防に関する取り組みから、スポーツ指導の現場でおこなわれている対処法まで、各講演者から熱中症に関するさまざまな内容が発表されました。
【前編】
JSPOにおける熱中症予防に関するこれまでの取組
講演者:川原 貴 氏(大学スポーツ協会)
「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」改訂の考え方
講演者:松本 孝朗 氏(中京大学)
熱中症予防としての身体冷却
講演者:長谷川 博 氏(広島大学)
【後編】
熱中症予防実践レポート
スポーツ現場における熱中症予防に関する実態調査

発表者:青野 博 氏(日本スポーツ協会)
暑熱順化、水分補給に関するガイドライン
発表者:安松 幹展 氏(立教大学)
長距離ランナーにおける熱中症・脱水予防に関する準備
発表者:今井 正人 氏(順天堂大学)

JSPOにおける熱中症予防に関するこれまでの取組

まず最初のパートでは、一般社団法人大学スポーツ協会副会長、JSPOスポーツ医・科学委員会におけるスポーツ活動中の熱中症事故予防に関する研究班班長を務める川原貴先生から、JSPOにおける熱中症予防に関するこれまでの取組について講演がありました。
【川原先生】
熱中症は、熱に中(あた)るという意味で暑い環境で生じる障害の総称です。熱中症による救急搬送は1日の最高気温が30°になるあたりから増えはじめ、気温が高くなればなるほど患者数や死亡者数が増えます。多くは高齢者が日常生活で発症しますが、若い方の場合、スポーツ中に起こることがほとんどです。
人口動態統計による熱中症の死亡数の年次推移を見ると、1994年から熱中症が増えてきていることがわかります。実は1980年代後半、学校管理下のスポーツで熱中症の死亡事故が多発していました。
そこで、1991年に日本体育協会(当時)で熱中症事故予防に関する研究班を設置。学校管理下の死亡例の分析や、現場でのさまざまな測定、体温調節の実験などで集めたデータをもとに熱中症予防のための運動指針を作り、熱中症予防の原則をまとめて、それらを解説したガイドブックを作成しました。

スポーツの場合、気温24℃ぐらいで死亡事故が起きている

学校管理下の死亡事故を分析したとき、死亡事故が起きた最寄りの気象台で気温と湿度を調べました。先ほど一般の場合、熱中症は気温が30℃を超えるあたりから発生が増えてくると言いましたが、スポーツの場合、24℃ぐらいから死亡事故が起きている。これは湿度が関係していて、湿度が60%以上だと30℃以下でも死亡事故は起きるということがわかりました。
また、必ずしも長時間の運動ではなく、4割は2時間以内、10数%は1時間以内の運動をして亡くなっている。さらに、持久走・ダッシュの繰り返し、走るだけの練習をしているときに多いこともわかりました。

熱中症の目安となる温度区分や指標を作成

熱中症事故予防に関する研究班では事故のさまざまなデータをもとに、亡くなった事故の環境条件、体温調節の実験、スポーツ現場での指標などを総合的に検討。熱中症の目安となる温度区分として、“WBGT31℃以上では、運動は原則中止”という指標をつくりました。
研究班では、死亡例の分析、現場での測定、実験室での研究を重ね、データの更新や「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」の改訂をおこなってきました。また、ガイドブック(冊子)だけではなく熱中症予防のビデオやDVD動画をつくり、現在JSPOホームページで公開中。全国の小中学校へポスターや壁新聞なども配布しています。

こうした努力により、熱中症による死亡は減少

下の図の上が学校管理下における熱中症の死亡件数です。一般の場合は1994年ぐらいから増えていましたが、スポーツの場合は1980年代に多く、その後減っていき、2015年あたりから非常に減少してきています。
ところが熱中症の発生を見ると、2000年あたりから増えてきています。つまり、熱中症の発生が少なかった1980年代に死亡が多かったということなんです。熱中症の発生自体は増えたにも関わらず死亡は増えていない。さらに減少してきたということで、これまでの活動の効果があったのではないかということです。
2020年に新型コロナウイルスの感染拡大が起こり、人々の活動が一時停止したので熱中症の発生が低下しました。その後少し増えてはいますが元には戻っておらず、以前よりは減ってきています。今後はその数をさらに減らすため、引き続き研究を続けていく次第です。

「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」改訂の考え方

次にこのパートでは、中京大学スポーツ科学部教授、スポーツ活動中の熱中症事故予防に関する研究班員の松本孝朗先生に、「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」改訂の考え方やポイントを解説いただきました。
【松本先生】
今回のガイドブックの改訂では、スポーツ活動中の熱中症予防5ヶ条の4番目を「冷やそう、からだの外から内から」とし、身体冷却に関する項目を追加しました。
これまでは「薄着スタイルでさわやかに」でしたが、スポーツウェアの進歩(透湿性、通気性、速乾性などに優れる)や、身体冷却によってパフォーマンスが上がり、熱中症も減る、というエビデンスもだいぶ出てきました。

体を冷やすとパフォーマンスが上がり、運動時間が延び、安全性が高まる

熱中症予防対策は、スポーツ現場での対策はかなり行き渡ってきています。そこで、運動前や運動中(ハーフタイムなど)に体を冷やすとパフォーマンスも上がるし、運動できる時間も延びるし、安全性も高まるといったお話をしたいと思います。
その前に熱中症予防5ヶ条について簡単に触れておきます。

1.暑いとき、無理な運動は事故のもと

いま日本は熱帯のように暑くなる日もあり、そんな日には「運動しちゃいけません」と言いたい。少しでも暑さを避けることが大事です。スポーツをする現場ではWBGTを計測し、計測した温度に応じて、練習メニューなどその日の予定を変えながら、安全な対策のもとでおこなってください。

2.急な暑さに要注意

2025年は4月、5月から本当に急な暑さになりました。暑さに慣れていないと体は急には適応できず、適応するには数日から1、2週間かかってしまいます。その間に無理な運動をすると事故に繋がってしまうので注意が必要です。

3.失われる水と塩分を取り戻そう

よく「何をどれくらい飲めばいいんですか?」と質問されますが、汗のかき方は個人差が非常に大きく、環境の条件、運動の強度によっても大きく変わってくるため一概にお答えできません。対応としては、練習の前後で体重計に乗ってどれだけ減ったか計測。それに、運動中に飲んだ量を足すと出た汗の量がわかります。その量がひとつの目安となります。

4. 冷やそう、からだの外から内から

この項目については、次の講演者が詳しくお話しします。

5.体調不良は事故のもと

「睡眠は十分?」「風邪などひいていない?」「朝ご飯ちゃんと食べた?」など、つねに体調に気を配るようにしてください。

WBGTが31℃を超えた場合、運動は原則中止。特に子どもの場合は中止すべき

熱中症の危険度を評価するために用いられる指標に、WBGT値があります。“暑さ指数”とも言われています。「熱中症予防運動指針」ではWBGT値によって、ほぼ安全、注意、警戒、厳重警戒、運動は原則中止と警戒の度合いが示されています。
WBGTとは、「Wet-Bulb Globe Temperature」の略語で、日本語では湿球黒球温度と言います。熱中症を予防することを目的に、1954年にアメリカで提案された指標で、現在では世界中で広く活用されており、人間にとっての暑さ(気温)、湿度、日射の強さ、風速、この4要因を1つの数字で表せるという利点があります。
計測にはWBGT計を用いますが、WBGT値は、湿球温度の0.7倍+黒球温度の0.2倍+乾球温度(普通の気温)の0.1倍(屋外で日射のある場合)で求めます。計測機器は、最近では小型のものが各メーカーから発売されていますが、特徴として黒いボール状のものが付いていて、そこで太陽の日差しの強さを測ります。
最近ニュースなどでは、“WBGT31℃を超えると原則運動中止”と強調されていますが、実際には28℃を超えたあたりからたくさん事故が起こっているので注意が必要です。

熱中症予防のキーワード「暑熱順化」

熱中症予防のキーワードに暑熱順化(しょねつじゅんか)があります。熱中症予防5ヶ条にも「2.急な暑さに要注意」とありますが、体が暑さに慣れる(暑熱に順化させる)ことで熱中症のリスクを減らすことができます。
四季のある日本では、春から夏へ、およそひと月かけてたくさん汗をかいて夏向きの体になっていきます。そのため、暑熱順化ができていない5月、6月は低い気温でも事故が起こります。学校管理下のスポーツでは、高校の1~2年生に多く、季節は7月の下旬、8月の上旬と最も暑い時期に多く起こっています(ただし、2月、4月、11月といった寒い時期にも死亡事故が起きているので注意が必要です)。
熱中症の死亡事故件数は、例えば2010年はとても暑かった年で、1745人が熱中症で亡くなっています。男女差はほとんどなく、年齢は特徴的で8割が65歳以上の高齢者。死亡場所は45%が家あるいは庭で、高齢者が自宅で亡くなっていることがわかります。
働く大人たちに向けても、2025年6月には厚生労働省から事業者向けに従業員の熱中症予防という法令が罰則付きで出ました。これも私たちの経験・知識を大いに使っていただけるものだと思っています。
また、子どもは体温調節を汗でなく、皮膚の血管を拡張させるほうに主に依存しています。気温が体温より高くなってしまうと、どれだけ皮膚血管を拡張させても熱は出ていかず、外の熱が体に入ってきてしまうため、子どもは特に高温の環境では危険にさらされてしまいます。

学校管理下で亡くなった事例、4分の3は肥満の人

学校管理下における熱中症などの発症・死亡事故は運動部活動中に多く起こっています。体育の授業は時間が短く、強度もそれほど上がらないため、運動部活動に比べて件数が少なくなっています。
運動部活動の種類はあまり関係なく、どの部活でも起こります。ご理解いただきたいのは内容で、陸上部に限らず、持久走、ダッシュの繰り返しなどランニングメニューの練習中に多く起こっています。
時間帯は、日中の暑い時間帯、特に午後に多く起こっています。練習を何時間したから死亡事故が起こったとは言い難く、たとえ1時間以内であっても死亡事故が起きてしまうことがあるため、夏の暑い時期は、こういったメニューは控えていただきたいと思います。
学校管理下で亡くなった事例を調べてみると、その4分の3は肥満の人でした。大人も共通で肥満者は熱中症になりやすいと言えます。皮下脂肪は、真夏でも脱げないオーバーコートを着ているようなもの、いわば断熱剤なんです。こうした状態の人が真夏に運動するのは危険です。
熱中症に特に注意が必要な人の特徴をまとめました。
●体力の低い人
●肥満の人
●暑さに慣れていない人
●熱中症になったことがある人
私が関わる中京大学のテニス部では、同じ選手が3回熱中症で倒れた事例があり、「熱中症になったことがある人」については、体質が関係していることが考えられます。

水分補給は「喉の渇きに応じて飲む」という指導に

熱中症予防5ヶ条の3番目に「失われる水と塩分を取り戻そう」とあるように、運動を始める前にしっかり水分をとっておく、あるいは計画的にたくさん飲めば飲むほどよいと思われてきましたが、そうとも言えない事例がアメリカのマラソンレースで起こりました。
通常は、各給水地点で次々にたくさん水を飲んでいっても、ゴールする頃には脱水状態となり体重が減っているものですが、体重が2~3kg増えてゴールする選手が出てきて、中には亡くなってしまった事例が出ました。
その原因が最近論文で発表されましたが、それによると、血管の中が脱水状態になっていて、そこへ水を大量に飲むと、塩分の入ってない真水で血液中の塩分濃度が薄まり、細胞の中(脳の神経細胞、肝臓の細胞、筋肉の細胞)が血管の中よりも浸透圧が高い状況になります。そのため、水が細胞の中に引っ張り込まれて細胞が膨らんでしまい、肺水腫や脳浮腫などになって亡くなったと考えられています。
このようなことがわかってきたため、水分補給の目安は、「喉の乾きに応じて飲むように」という指導に変わってきています。

熱疲労の症状に自分で気づけるように

熱中症とは、熱失神、熱けいれん、熱疲労、熱射病など暑さによって起こる病気の総称です。4つの症状とも、病気になる仕組みや、予防方法も少しずつ違うため、この4つを区別して理解していただくことで、本当の予防につがると思います。
この4つの症状のうち、熱射病は命に関わる病気です。熱射病になってしまうと、自分自身では対処できません。迅速な対応が取れない場合、最悪は死に至ります。
そこで、熱射病になる手前の段階である、熱疲労の症状に自分で気づけるようになってください、というのが私からのメッセージです。
暑い中で運動してたくさん汗をかくと脱水になります。脱水になると血液量が減り、循環不全になりますが、このとき最初に悲鳴を上げだすのが脳です。脳の血流が足りなくなると、頭痛、吐き気、めまい、この3つ症状が出てきます。
これらは風邪をひいた時にも起こる症状のため、これで熱中症になったとなかなか思っていただけません。
区別するためには背景が大事で、運動を始めるときは元気だったのに、暑い中で汗をかきながら活動していたら頭が痛くなってきたり、吐き気がしたり、フラフラしたり、これらは熱疲労の症状のため、次の対応をとってください
❶ペースを落とす
運動強度を下げることで、筋肉でつくられる熱量が減り、それ以上体温が上がらずに済みます。できたら運動をやめてください。
❷もっとドリンクを飲む
脱水が原因になっているので、補水するために、塩分を含んだドリンクを飲んでください。
❸体を冷やす(身体冷却)
最悪の場合死に至る熱射病は、体温が40℃を超えたときに起こっています。熱疲労は39℃台で起こり、意識障害はほとんど起きません。体を冷やすことが命を守るために重要です。
体温を下げる方法として、全身を氷水につける「氷水浴」や「冷水浴法」が挙げられます。体温低下率が高く、市民マラソンや大会などで熱中症の危険がある場合には、冷水浴用のバスタブと医療スタッフの準備が望まれます。
一般のスポーツ現場では、水道につないだホースで全身に水をかけ続ける「水道水散布法」がお勧めです。
また、学校などの場合は保健室に連れて行き、エアコンを最大(最強)にし、ベッドをエアコンの一番風の当たるところへ移動、できれば扇風機も併用します。タオルを20本ぐらい用意し、氷水で濡らして全身に乗せます。このときタオルを絞らず、ベッドがぐしょぐしょになるつもりでやってください。
水道水散布法も、保健室の濡れタオルも、全身の皮膚が常に水と接している状況をつくることが重要です。
かつては氷やアイスパックなどを首、脇の下、足の付け根などの太い血管に当てて冷やす方法が推奨されていましたが、近年の研究では、この方法は体温低下率が低く、単独での使用は推奨されていません。

【スポーツ活動中の熱中症予防】ch.5 身体冷却法 -応急処置編-

熱疲労の段階で気づくこと、熱射病になったら迅速な対応を

体温が上がり、特に脳の温度が40℃を超えると脳に麻酔がかかったような状態になり意識が低下していきます。体温調節の中枢も脳の視床下部にありますので、ここの温度が高くなると体温が43℃あるのに汗が出ていない、というおかしなことになってしまいます。
熱射病になると自分自身では生き返ってくることはできません。誰か見つけた人が外から強制的に氷水につけてでも冷やしてやらないと戻ってこられないことになります。
現場ですぐに対応し、救急隊もすぐ駆けつけ、運ばれた医療機関でも迅速かつ適切な治療をしても、ある割合で亡くなってしまいます。
そのため、熱疲労の段階で気づいて対処することが大事です。もし熱射病になってしまった場合、救命のためには約30分以内に体温を40℃以下に下げてやることにかかってきます。
ガイドブックの中で最も重要なことのひとつは、熱中症予防運動指針です。現場でWBGTを測っていただき、この指針に沿って対応を変える勇気を持つようにしてください。

熱中症予防としての身体冷却

このパートでは、広島大学大学院人間社会科学研究科教授、スポーツ活動中の熱中症事故予防に関する研究班員の長谷川博先生にご講演いただきました。

身体冷却を用いることで運動能力、生体負担度はどのように変化するか?

【長谷川先生】
これは本学(広島大学)のサッカー場(人工芝)の写真です。2024年8月にフィールド実験をしました。サーモグラフィーで見ると図のようになります。午後の暑い環境下では人工芝の温度が50.8℃にもなりました。そこで選手の生体負担度などを測りました。
また、環境が制御できる人工基調室内において、運動選手を用いて発汗能力や体温調節反応、並びに運動パフォーマンスを測定したデータを見ながら、「身体冷却」を用いることで運動能力や生体負担度がどのように変化するかということをご説明します。
最新のテクノロジーを駆使したトレーニング環境、例えばサッカーではGPSが当たり前になっていたり、野球ではAIアプリが活用されたり、さまざまなサイエンスでトレーニング環境がどんどん良くなり、アスリートのパフォーマンスや許容限界が非常に高くなっています。
最近の猛暑や酷暑は、スポーツ環境を深刻な状況にしています。例えば、東京2020オリンピックのソフトボール会場(福島県)のWBGTは32.3℃で熱中症が深刻な問題となりました。
さらに過密日程が選手の生体負担度や、怪我あるいはコンディションの低下を引き起こしています。
こうした環境下でスポーツをするには、Jリーグの飲水タイムや、最近では全国高等学校野球選手権大会(甲子園)でもクーリングタイムが導入されたように、救済措置や暑さ対策が必要となります。
特に過密日程の場合、リカバリーが非常に重要な戦略の1つになってきます。

パフォーマンスを発揮するためには、至適温度域を高く保つことが重要

アスリートに限らず、全ての方々の安心・安全なスポーツ環境の構築が非常に重要になってきます。ガイドブックにも書かせていただいたように我々の体温や筋温には、生態反応やパフォーマンスを向上させるのにちょうどいい「至適温度」というのがあります。
この至適温度に達すると、代謝速度が良くなったり、神経あるいは筋の伝達機能が良くなったり、あるいは柔軟性が上がったりといった反応があります。寒い冬場はウォーミングアップで体温や筋温を上昇させてよい状態に持っていく、暑い環境下では、冷却戦略をうまく取り入れて至適温度域をなるべく高く保つということが重要になってきます。
スポーツ活動で主におこなわれている実践的な暑さ対策としては、「水分補給(運動前、運動中、運動後)」「暑熱順化トレーニング」「身体冷却(運動前、運動中、運動後)」「コンディショニング(体調管理、栄養、睡眠、リカバリーなど)」「衣服条件(素材や着用方法など)」が挙げられます。
これらがうまくいくと我々の生体反応、安静時とか運動時の体温や心拍数の上昇が抑制されたり、あるいは限界レベルを引き上げたり、体温調節では非常に重要となる熱の放散機能の亢進や血液量の増大、さらには脱水あるいは脳の認知機能の低下の抑制など、これらが運動能力の向上、熱中症の予防につながります。
こうした対策は、東京2020オリンピックやパリ2024オリンピックの選手向けの暑さ対策として国際オリンピック委員会(IOC)もガイドラインとして打ち出しています。

身体冷却の効果:冷却方法×タイミング×冷却時間

熱中症予防5ヶ条に「冷やそう、からだの外から内から」と身体冷却の項目が加わったので、ここでは科学的なデータを用いて説明していきます。身体冷却には「外部冷却」と「内部冷却」があり、冷却方法、タイミング、冷却時間などの組み合わせによって冷却の効率も変わってきます。
身体の「外部冷却」の方法
水に浸たす、冷水につかる、クーリングベストや冷たい衣類を着る、あるいは水を頭からかける、頸部を冷やす、クライオセラピーといって特殊なマシンで体を瞬間的に冷却するなどの方法があります。
身体の「内部冷却」の方法
冷たい飲料をとる、最近ではさらに冷たいアイススラリーをとったりして内部から冷却するなどの方法があります。
身体冷却には、深部や皮膚の体温に働きかけていく、あるいは筋肉を冷やすことで無駄な汗が抑えられるので、発汗作用や代謝機能を変える。さらには、生理的な反応だけでなく、痛みや温熱感覚、疲労感といった主観的感覚、あるいは運動の意欲(モチベーション)を上げることも期待されます。また、運動後に用いることで、筋の損傷や炎症反応を抑えたり、さまざまな効果があります。
運動前:プレクーリング(pre cooling)
運動前におこなう身体冷却。
・体を水に浸す
・クーリングベストを着る
・冷たい飲料をとる  など
運動中:パー/ミッドクーリング(per/mid cooling)
運動中におこなう身体冷却。
・水分を摂取する
・水をかぶる
・クーリングベストを着る  など(競技特性によって困難な競技も)
運動間:インターバルクーリング(interval cooling)
サッカーのハーフタイムや試合が何試合もあるときのリカバリーとして運動の合間におこなう身体冷却。
・水分を摂取する
・水をかぶる
・クーリングベストを着る など
運動後:ポストクーリング/リカバリークーリング(post cooling/recovery)
筋の炎症反応や翌日・連日の疲労回復のリカバリーとして運動後におこなう身体冷却。
・水分を摂取する
・アイスバスに入る
・クライオセラピー(体を瞬間的に冷却する特殊なマシン) など
スポーツの特性によって、クーリングのタイミングが異なるので、競技特性に応じたタイミングを考慮しておこなってください。
夏場の熱中症につながる疲労などの影響で、食事が取れない、睡眠が良くない、コンディションが悪いといった状態を、身体冷却することで良好な状態に保てるようになることがわかってきました。

ある程度運動したら休憩する。ハーフタイムの実験でわかった休憩の重要性

次に我々の研究結果をご紹介したいと思います。これはサッカーの前半と後半をイメージした実験です。サッカーは一定の距離ずっと同じペースで走るのではなく、ダッシュしたり、ジョギングしたり、止まったり、間欠的な運動を繰り返します。
これを実験室内で、サッカーを模倣してバイク(自転車)を漕いで運動。前半30分、後半30分、間の15分間の休憩時にクーリングベストで外側から体を冷やすという実験を実施。暑熱環境下の実験ですので、環境温が33℃、湿度が50%という非常に暑い環境下でおこないました。
その結果、モニターの深部体温が直腸温で37.2℃くらいだったのが、たった30分間で38.5℃ぐらいまで急激に上昇しました。ここで注目していただきたいのが、15分間休むと体温上昇が少し緩やかになるということです。この実験で、ガイドブックにも書いてあるように、ある程度運動したら休憩することの重要性が分かりました。

手のひらを冷やすことで、運動能力が上がる?

我々の手のひらとか足の裏には、動脈と静脈が合わさる毛細血管の他に動静脈吻合(AVA血管)というものがあります。これは、頬や足の裏、手のひらなど無毛部に存在します。
このAVA血管がパッと開くとかなりの量の血液が流れます。この血管が開いている状態で冷やすと、冷たい血液が静脈を通って心臓に戻って、また心臓から動脈を介して全身に流れる。いわゆる車のラジエーターみたいに血液が還流するのが、手のひら冷却やAVA血管冷却の利点です。
そこで先ほどと同じ条件で、ハーフタイム時に、水(15~17℃)を入れたバケツで手のひらを冷やした場合、体温調節反応やパフォーマンスがどう変わるかを調べました。
結果は先ほどと同様に、安静時の深部体温は37.2℃ぐらいから30分の運動で38.5℃ぐらいまで同じように上昇しました。
クーリングベストを着たときは深部体温の影響がなかったのですが、ハーフタイム中に手のひらを水(15~17℃)につけただけで0.5℃下がり、後半低い温度で運動することができました。
さらに、平均皮膚温も下がり、心拍数は20拍ぐらい下がるので、体にとってみればすごく負担度が軽減されたというデータが得られました。
運動のパフォーマンスを見てみますと、後半手のひらを冷却しない群では前半の最初に比べて前半の後半は下がって、さらに後半は疲労の影響で下がってしまうものの、後半手のひらをハーフタイム中つけただけで高い値を維持できたということです。
手のひらや、足のうら、頬なども、冷却というのは一般のスポーツ現場でも十分活用できると思います。
このようなAVA血管(動静脈吻合)を利用した外部冷却によって、深部の体温、皮膚温を下げて、さらには心臓循環系の指標まで影響を及ぼして主観的な感覚も増大させたことから、運動能力が上がることがわかります。
▶後編では、「熱中症予防実践レポート スポーツ現場における熱中症予防に関する実態調査」発表者:青野博氏(日本スポーツ協会)、「暑熱順化、水分補給に関するガイドライン」発表者:安松幹展氏(立教大学)、「長距離ランナーにおける熱中症・脱水予防に関する準備」発表者:今井正人氏(順天堂大学)の講演について紹介します。
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このフォーラムに協賛いただいた、大塚製薬株式会社様の熱中症に関する取り組みなどを紹介している記事はこちら▼
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