オリンピックの歴史は、JSPOの歴史。NHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』制作統括・訓覇圭さんインタビュー

みる
去年12月に放送を終了したNHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』。近世までの歴史に名だたる偉人たちを扱うことの多い大河ドラマですが、本作では近代の大日本体育協会(のちのJSPO、日本スポーツ協会)に関わり、オリンピックの日本開催に魂を燃やした人物たちが描かれています。

制作統括を務めた訓覇圭(くるべ けい)さんは、このドラマを"初めて物語"だと言います。ドラマの魅力はもちろん、時代を切り拓こうとチャレンジし続けた登場人物たちの、ドラマ内で描き切れなかったそのサイドストーリーを伺いました。

大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』とは

"スポーツ"という言葉がまだ認知されていなかった明治時代末期の日本。金栗四三(かなくり しそう)と三島弥彦(みしま やひこ)の2人は、日本人として初のオリンピック出場で涙を飲む。その傍らには、彼らを導き、また自身もオリンピックの日本開催、ひいてはスポーツの普及に魂を燃やす嘉納治五郎(かのう じごろう)がいた。彼の意志は戦争や政治といった要因に大きく左右されながらも、時代を超えて様々な人物たちを巻き込み、動かしていく。1964年、アジアでも初めてとなる東京オリンピック開催が実現するまでの半世紀を描く激動のストーリー。​

1964年東京オリンピック。50年の時を経て成就した嘉納治五郎の想い

ーー大河ドラマ『いだてん』で描かれているテーマは何でしょうか?

本作のテーマをひとことで言うと、"初めてづくしの物語"です。『いだてん』は日本人として初めてオリンピックに参加した金栗四三を描く第一部と、日本初のオリンピック開催を実現させた田畑政治(たばた まさじ)を描く第二部に分かれています。今まで誰も成し得なかった偉業を達成した2人は、やはりエネルギーに溢れていたんだと思うんです。

そして、そんな2人をつなぐ存在が嘉納治五郎。彼は金栗四三の才能を見出しオリンピックに送り出した張本人でもあり、その参加のために日本で初めて国内統括団体として大日本体育協会を創設しました。また、嘉納治五郎が見届けられなかった日本でのオリンピック開催の意志を引き継ぎ、それを完遂したのが田畑政治です。

ーードラマの根底部分で嘉納治五郎という人物の存在があるわけですね。

そういうことになります。田畑政治が誘致した1964年の東京オリンピックは、嘉納治五郎が金栗四三の日本人初オリンピック参加を実現させてから、50年の時を経てようやく成就した想いの終着点なのです。連綿と受け継がれてきた想いの強さとそれがもたらすものの素晴らしさを、スポーツが好きな人たち以外にも感じてもらいたかったということもあり、本作では嘉納治五郎という一貫したテーマを設定しました。

他にも日本スポーツ界における女性進出の先駆けとして設定した三島家の元女中・シマや、1928年のアムステルダムオリンピックにて日本人女性として初めてメダルを獲得した人見絹枝(ひとみ きぬえ)、さらには1936年ベルリン大会で日本人女性として初めての金メダリストである前畑秀子(まえはた ひでこ)。明治から昭和にかけての、彼女ら女性アスリートの想いも、"初めて物語"という意味で大切に描きたいと思いました。

ーーのちのJSPOである大日本体育協会、その初代会長である嘉納治五郎を描くとあって、今回『いだてん』の撮影にはJSPOも全面的に協力させていただきました。

制作にあたっては、JSPOの事務所があった岸記念体育会館の地下資料室に足繁く通わせていただきました。調べていくうちに、自分はいま歴史が紡ぎ出したロマンの上に立っているんだと気づく瞬間がありました。嘉納治五郎が大日本体育協会を創設したころは、寄付金が運営資金だった時代。ストックホルムオリンピックなどの度重なる出費で本当にお金がなかったんだなあと、資料を見つけてびっくりしてしまった記憶もあります。それを堅実な運営で支えたのが二代目会長の岸清一(きし せいいち)なんです。「その彼が残した建物がここか!」と(笑)。

"受け継がれてきた意志をどうバトンタッチしてきたか"を意識した

ーー主人公2人について、劇中で訓覇さんの記憶にもっとも残っている印象的なシーンはありますか?

いろいろありますが、記憶に近いところでは、なんといっても金栗四三のエピローグ。1912年のストックホルムオリンピックで、四三さんは体調不良による棄権扱いとなり、涙をのみました。それから半世紀以上が経ち、1967年にストックホルムで大会開催55周年記念式典がおこなわれた際に、スウェーデンオリンピック委員会のはからいでゴールテープを切る機会を得るのです。そしてこう言います。「このゴールまでに妻ができ、6人の子どもと10人の孫に恵まれました」と。実写フィルムやスウェーデンでようやく手に入れた音声資料を聞いたとき、なんだか人生だなあ、歴史だなあと感じました。そして粋だなあと。それ以来、ここを物語の終着点として制作を進めてきました。

ーーとても感動的なエピソード!田畑政治についてはどうでしょう。

パッと浮かぶのは、田畑政治についてもやはりラストシーンですかね。彼のおかげで実現した1964年の東京オリンピック。その閉会式のスタジアムで、田畑政治が嘉納治五郎の幻想とこんな会話をするんです。

嘉納治五郎「これが君が世界に見せたい日本か」
田畑政治「はい、いかがですか」
嘉納治五郎「おもしろい。改めて君に礼を言うよ、ありがとう」


もちろんこれは創作上の脚色ですが、何かを始めた人の想いの強さやエネルギー、そしてそれを受け継ぐことの素敵さをひしひしと感じる、とても印象深いシーンです。

ーーどちらも最後のシーンに想いが集約されているようですが、2人の溢れんばかりの熱量を、画面に収めて表現するのは難しかったのでは?

そうですねえ。幸いにも『いだてん』は全47話の大河ドラマでしたから、歴史をバトンでつなげて表現していくように、とにかく積み重ねていくことを大切にしました。47回という回数があるからこそ表現できることがあると思っています。だからこそ、視聴を完走した方には、本作に対して特別な想いを味わってもらえるんじゃないかなあと。

何か特定のメッセージを発するということではなく、最後まで観ていただいた方が何かを自由に感じとってもらえれば嬉しいですね。

ーーなるほど。そのためにどのようなことを意識していましたか?

大日本体育協会を創設し、オリンピックに参加するという嘉納治五郎の壮大な想いから始まり、金栗四三がストックホルム大会開催55周年記念式典でゴールテープを切るまで。本作はおよそ三代にわたる"人の歴史"です。この間、連綿と受け継がれてきた意志をどうバトンタッチしてきたか、その受け渡しに込められた想いをドラマチックに表現することを大切にしていました。その意味で、『いだてん』は大日本体育協会の歴史とも言えるかもしれません。

学徒動員とオリンピック開会式が、同じ国立競技場でおこなわれたという事実

ーー2020年はまさにオリンピックイヤーですが、このドラマの制作は2013年の東京オリンピック開催決定がきっかけとなっているのでしょうか?

『いだてん』の構想自体は、2014年〜2015年にかけて出来上がったものですが、2020年の東京オリンピック実施決定が直接のきっかけではありません。プロットの初期段階では、"国立競技場"という舞台で繰り返されてきたスポーツと、戦争にまつわる出来事に注目していました。

ーーその中にストーリーの核となるものがあったんですね。

たとえば戦時中に兵員不足で起こった学徒動員。冷たい雨を浴びながら若者たちを集めた壮行会がおこなわれたのは、のちの国立競技場となる明治神宮外苑競技場なのです。そして、約20年後には同じ場所、同じ若者たちがオリンピック開催の舞台で胸を踊らせる。情熱を持った若者という点では変わらないはずなのに、こうまで状況が違うのかと。歴史を感じずにはいられませんでした。

ーーなるほど。そこから、1964年の東京オリンピックに向かうストーリーを作ろうと。

はい、まさしく。嘉納治五郎が起ち上げた、日本が最初に参加したオリンピックへの道筋、金栗四三の存在、彼らを取巻くおよそ三代にわたる複数の家族史。そして明治、大正、昭和を背景とする、女性史とも言える女性アスリートの誕生と発展の変遷へと具体化していきました。

ただ昭和10年代後半から終戦までの時期は、"スポーツと戦争"をテーマとして語るドラマを作るには外せない期間なのに、資料がとても少ないんです。ドラマとはいえ圧倒的な資料不足にくわえて、当時を知る人たちからのインタビュー取材も彼らの年齢的に難しかった。このギャップを想像で埋めるにはリスクが高かったので、本作では描きたくても描けなかったことも多く、それが数少ない心残りですね。

"夢追い人"としての嘉納治五郎/現実主義者としての岸清一

ーー本ドラマを制作するにあたって、難しかったポイントを教えてください。

情報の取捨選択ですね。1年かけて放送するドラマとはいえ、『いだてん』で描くのは人の歴史です。下調べした膨大な情報の中から、どの人物のどの面にフォーカスを当てていくのか。

ーー史実を忠実に再現するだけでは"作品"にはならないわけですね。

たとえば大日本体育協会の会議シーンがあったとしましょう。史実どおりなら、このタイミングでは新しい会長が就任しているはずなのに、ドラマを見ている視聴者からすると前回の会議シーンから時間が空いていない。ここでトップである会長がいきなり変わっているのは、違和感がありますよね。じゃあ果たして、不自然でもこれを忠実に再現するべきなのか、そのことが本当に視聴者に誠実なことなのか、というジレンマが生まれるわけです。

ーー大日本体育協会創設から現在まで、実に16人もの会長が就任していますね。

はい、そうなんです。こうした細かい部分の史実と、ドラマとしての自然さの整合性は非常に難しいですよね(笑)。

ーーなるほど。今のお話を踏まえたうえで、『いだてん』の登場人物たちはどのようなキャラクター像で描かれていますか?

物語の根底にいる嘉納治五郎は"夢追い人"、対照的に二代目大日本体育協会会長の岸清一は彼を支える現実主義者としての側面にフォーカスしました。これを際立たせるために、岸清一の登場シーンをあえて遅らせていたり。また、ドラマのエピローグを飾る人物・金栗四三。本作では彼はスポーツが潜在的にもつ"純粋さ"、"愚直さ"を象徴する存在です。そのため、生涯ランナーとして走り切った、"ブレない人"として描いています。

人種や国籍を超えた何かがある。国際交流こそスポーツの魅力

ーー先ほど、"『いだてん』はある意味、大日本体育協会の歴史だ"とおっしゃっていました。

はい、蓋を開けてみればそう感じます。でも自分が『いだてん』の制作に関わる前から、なぜか「体協」(日本体育協会:現在のJSPO)という単語を知っていたような気がするんですよね。なんでだろう、国体(国民体育大会)からかな。
たとえ国体選手じゃなくても、何となく"国体"という名前は知っているくらいに存在が浸透していますよね。国体は普段交わらない他県の選手と交流できるよい機会ですが、個人的にはスポーツでもっとも魅力があるのは、こうした交流、特に国際交流だと思う。同じ場所、同じ競技を通して、人種や国籍を超えた関係を築き上げる。その先にあるものって、間違いなく素晴らしいものなんですよ。

ーー実際、JSPOの主催しているスポーツ交流に参加した人たちからも、同様の声がたくさん届いています。特にスポーツ少年団での国際交流活動は、貴重な経験になるはずです。

そうですね!今の時代、子供たちにもっと海外を身近に感じてもらうということは、よりいっそう大切になってきていますよね。

『いだてん』で伝えたかったのは、新しいことを始めることの価値

ーー最後に、訓覇さんが『いだてん』で伝えたかったテーマを教えてください。

パイオニア精神の素晴らしさですね。初めて何かを成し遂げた人のエネルギーはすごいんだぞと。その熱量は周囲の人々をも巻き込んで、時代を大きく動かしていきます。『いだてん』で描いた時代に比べて、なんだか最近はチャレンジの価値が小さくなってきているような気がして。そんな現代だからこそ、嘉納治五郎と同じように、新しいことを始めようとする人たちを応援したいですね。

ーースポーツ関係者はもちろん、すべての視聴者に一歩踏み出すモチベーションを与えた作品だと思います。本日はありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました!

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さらにこの春、NHKドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』の再放送が決定!初回は2020年4月6日(月)の午後6時からスタートです。登場人物たちの壮大な"初めて物語"に、あなたも胸を熱くしてみませんか?

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