女性スポーツのサポートに関する研修会を開催。女性アスリートの医学や栄養学について、パネルディスカッションをおこないました。【令和6年度女性スポーツサポート研修会】
JSPO（日本スポーツ協会）では「女性スポーツ促進に向けたスポーツ指導ハンドブック」を活用し、女性の身体的特徴に応じた安全・安心な指導や女性の動機・目的に合わせた働きかけなど、女性スポーツの現状と課題を多くの公認スポーツ指導者や競技者に理解してもらうことを目的とした研修会を毎年開催しています。
本記事では2025年1月25日（土）に開催した研修会およびパネルディスカッションの様子について紹介します。当日のパネルディスカッションでは、参加者（スポーツ指導者）の代表として、パリ2024オリンピック女子バスケットボール日本代表ヘッドコーチを務めた恩塚亨さんをゲストに迎え、各分野の専門家である下記パネリストの皆さまとの対話・解説という流れで実施されました（「女性スポーツの医学」はパネルディスカッションの前に講義の時間を設定）。女性スポーツに関する現状や課題、さらには課題解決に向けて、活発なディスカッションが交わされました。
https://www.japan-sports.or.jp/Portals/0/data/supotsu/doc/womensport/womensportsbook02.pdf
●山口理恵子先生（城西大学） 進行・テーマ：「女性スポーツにおけるハラスメント」
●恩塚亨先生（パリ2024オリンピック女子バスケットボール日本代表ヘッドコーチ、現・東京医療保健大学 女子バスケットボール部監督）
●村上亜弥子先生（四国大学） テーマ：「女性スポーツの栄養」
●島崎崇史先生（東京慈恵会医科大学） テーマ：「女性スポーツ啓発の留意点」
●木下紗林子先生（東京大学医学部附属病院） テーマ：「女性スポーツの医学」
私はリオ2016、東京2020、パリ2024と三大会連続でオリンピックに参加しましたが、リオのときと比べると、パリでは女性の参加者が増えた印象を受けます。
女性アスリートの指導では、彼女たちの女性ならではの気配りや思いやり、共感力がとても魅力的だと思っています。
女性スポーツの医学
続いて、「女性スポーツの医学」という観点から木下さんに伺います。
女性アスリートが抱えている問題点などについてお聞かせください。
女性アスリート外来を受診される方々は、月経(生理)痛や月経の日程をずらしたいとなどの理由でいらっしゃる方が比較的多いと思います。ですが、まだまだ月経をずらせることを知らない選手がいたり、ユニフォームを汚してしまって辛い経験をされる選手がいます。そこで、まずは月経対策についての周知が必要だと、産婦人科医として思っているところです。「月経を軽くする」「月経の時期をずらす」ということを知ることで、よりパフォーマンスを向上させることができると思います。
男性の指導者の場合、月経に悩む選手にどう寄り添うべきか、選手の状況を私自身が理解できない部分もあり話が噛み合わないこともあります。この辺りをどう解決していったらいいかアドバイスをいただけますか。
男女を問わず月経の話題には抵抗を感じる方が多く、特に若い方ほど話がしづらいように感じます。ですが、月経はパフォーマンスにも影響するので、まずは情報を選手たちに提供してあげることが大切です。例えば、月経の量(経血量)が多いと貧血になってしまいますが、自分では月経の量が多いか少ないかわからない方が多いです。また、月経痛にしても強いのか弱いのか、なかなか人とは比べようがありません。産婦人科では、「ナプキンはどれくらいの大きさのものを使っている?」「タンポンは何時間おきに替える?」と具体的な質問をしますが、まずは自分の月経の量や痛みが、正常か異常かを知ることが大事だと思います。それを知った上で相談しやすい環境づくりを心がけていただきたいです。選手が自分で疑問に思い、自分から質問してくるような環境をつくることが大事だと思います。
確かに月経用品を買うときなどは、店員さんが中身の見えない袋などに入れてくれるなど、どこかタブー視するようなところがありますよね。ですが今のお話を聞いて、スポーツ界において月経は、自分の体調管理において非常に重要なのだというメッセージを送っていけるように思いました。
女性スポーツの栄養
それでは続きまして、「女性スポーツの栄養」というテーマで、村上さんに「女性スポーツ促進に向けたスポーツ指導ハンドブック」の中からポイントになる内容を解説していただきます。
競技者にとって栄養というのは大きな目的として2つあると言われています。
1つ目は、パフォーマンスを向上すること。もう一つは、身体活動量が増えるわけですから、それに対するエネルギー量、栄養素を食べていく、栄養を摂取すること、この大きな2つの意味があると考えられます。
パフォーマンスを向上させる場合、何よりも前提として健康でなければなりません。その上で自分が思った通りにプレーしたい、そのためにどのように食べていくのかを考えていくわけです。競技種目や個人の特性などを考えながら、練習や試合をする時間、それらの継続時間、運動強度などを考えながら、いつ何をどのぐらい、どのように食べるのか、ということを考えていく。そういった目的を持ってパフォーマンスの向上を目指すというのが、栄養の目的の1つ目の柱となります。
2つ目です。アスリートは身体活動量が必然的に増えます。そうすると当然食べる量が多くなるわけです。それに応じてエネルギーや栄要素の必要量が多くなりますが、食べることのできる量には限界があります。
「運動する＝骨格筋を動かす」ことになると、自律神経の中でも交感神経が優位になる時間が増えます。交感神経が優位な状態というのは、消化吸収にとっては効率が良くないことになるので、少し消化吸収が遅くなってしまうということが起こってきます。
運動時間が長くなると、それだけ交感神経が優位になる時間が多くなります。そうなると1日のトータルの時間を考えると、消化吸収が効率よくおこなわれる時間が短くなってしまう。だからこそ練習量や、消化吸収のタイミングを合わせるといったことも考えて食事量をどのように管理しているのか、そういったことが栄養管理として必要となります。
パフォーマンスを向上させるといった目的には、身体活動量に応じた、運動の量に応じたエネルギー量や栄養素の摂取量を考えていく、食事の管理ということではなく、「いつ何をどのように食べるか」といったこと、それが栄養管理といったことの必要性、この大きな2つの目的としての栄養管理があるということになります。
食べることのできる量には限界がありますから、皆さんもご存知の通り「炭水化物」「脂質」「たんぱく質」「ビタミン」「ミネラル」といった5大栄養素の中でも、どのように栄養を取っていくか考えると、やはりエネルギー「源」となる部分、炭水化物、脂質、たんぱく質の優先順位が高くなります。
炭水化物、脂質、たんぱく質、この3つはエネルギー源ですが、源（みなもと）を食べたからと言ってエネルギーになるかというとそうではなく、下に緑色で示すビタミン、ミネラルのところの体の働き、左側を見ていただくと「エネルギーを作る」という言葉が出てきます。ということはやはりエネルギー源となるものを摂取し、そしてそこにエネルギーを作るビタミン、ミネラルがあることによってエネルギーとなって、皆さんの体を動かしていくことになります。炭水化物、脂質、たんぱく質、要するにご飯とおかずをしっかり食べました、というだけで完結するわけではなく、主食、主菜、副菜、そして牛乳・乳製品・果物などバランスの良い食事を心がけてほしいと思います。
2つ目の定義としてやはり運動量、要するにご自身の身体活動量に見合った適正量を取ることが大事です。主食、主菜、副菜、果物、乳製品とバランスが整っていても、自分にとっての適正量より多ければ「過栄養」に、少なければ「低栄養」の状態になってしまうので、自分にとっての適正量を満たすことがバランスのいい食事の定義となります。
エネルギーや栄養素の補給が十分にできていたかは、結果でしか判断することができません。
その日によってコンディションも変わるなかで、「身体活動」「環境」「心理状態」「消化・吸収」といった4つの観点を持って「今日はこのぐらい運動するだろうからこのぐらいの量を食べよう」と考えて食べることは難しく、自分が今日動いた量に対してちゃんと食べていたかを判定するには、次の日の朝一の排尿後に、毎日同じ格好で体重測定することが必要になります。
朝起きたときに疲れを感じたり、睡眠がきちんととれていなかったり、その日のさまざまなコンディションを評価していくことが、自分にとってのバランスのいい食事の定義に繋がっていくことになります。
17歳ぐらいまでの子たちに関してはやはり健全な発育発達ということが大事になってきます。きちんと食べられているかどうかを判定するためにも「成長曲線（身長体重曲線）」を確認することが重要なカギとなります。
日々のエネルギー摂取が不足してくると、慢性的に日々生活していくためのエネルギーが足りなくなります。そうすると、スポーツにおける相対的エネルギー不足（REDs）の状態に陥ってしまいます。その日の練習に合わせて、食事量や食べるタイミング、補食を活用するなどの対応が必要になります。
今のお話を受けて恩塚さん、実際の指導の現場ではいかがでしょうか。
身体活動量に応じた栄養補給が必要だと分かっているものの、食べられない時がありますよね。食べられない選手に対して、どう向き合っていったらいいのか。それと、朝寝ることを優先して朝食を抜く選手もいると思いますが、その人たちに向けてアドバイスをいただけますか。
量を食べれば体に栄養がつくわけではなく、栄養は消化して吸収するものなので消化しないと吸収しない（＝体につかない）ということです。そのため、食べればいいというわけではなく、自分の食べられる量の中で、どういう栄養素を足していけるのかを考えていくことが必要です。量を増やすことがいいことではなく、「栄養素密度」とよく言いますが、どんな食品、食材を使ってどういう調理をすることによって、同じ食事の中でもどういう栄養素を取っていくのかということを考えながら、栄養素の密度、同じグラム数でも栄養素がたくさん取れるというような食事を考えていくことを私は心がけて指導しています。
朝食の問題は、そうですよね、寝たいですよね（笑）。大学の学生にもそういう子たちがたくさんいますが、いつも話していることは、「夕方の練習の時にどう自分が感じたか」「いいパフォーマンスできたか」ということを問うようにしています。
こうした質問をしても多くが「大丈夫だった」という返事で片付けてしまうので、朝起きて食べるということを仲間と一緒にやっていく。できるだけ友達同士でご飯を食べると習慣をつけるようにと、私は学生たちに伝えています。
栄養素密度というか、バランスの取り方が大切なのは分かった上で、指導者として例えば合宿の時などに、そういったオファーを調理してくださる方に出せたとしても、選手がそれを食べる時には無理して食べさせないほうが良いのでしょうか？
その通りです。強制的に食べさせるのは、ちょっと言葉は悪いですがそれは虐待に当たってしまうと思います。消化吸収を無視してまで、多くの量を食べさせることが合宿ではないはずです。
食事というのは、その人にとっての適正量というのがあるわけですから、その適正量を超えて食べさせるということは、消化吸収を無視してお腹を壊すような状態を作り出しているようなもの。そんなことをして次の日の練習は大丈夫ですか？と思いますので、あくまでもその人に合った適正量を食べさせてください。
今は部活動がクラブ化していて、活動時間が結構遅く、夜9時ぐらいまでスポーツしている中学生たちも多いと思います。こうした場合、どういうタイミングで食事するのがいいか、アドバイスいただけますか。
練習時間も含めて、トータルで1日の生活時間ということを考えた上で、練習時間の終了時刻を考えて欲しいと思います。食事が遅くなればなるほど次の日の朝ご飯が食べられないということに繋がってしまいます。夜ご飯をたくさん食べてしまったため、次の日の朝ご飯が食べられないということは、朝、活動するエネルギーが足りない状態で出かけて行くわけです。
食事を取る時間を考えると、練習時間が長いということが美徳ではなく、そういうことを考えた上で運動強度を上げて練習時間を短くするなど、工夫できる部分があると思います。そういったところを考えていただきたいと思います。
無理やり食べさせることは虐待に当たるというのは、今日のキーワードかなと思いながら伺わせていただきました。先ほどの木下さんのお話とも関わるかもしれませんが、種目によっては体重管理をかなりしなければいけないものもありますが、栄養指導をされる村上さんの立場から何かアドバイスなどありましたらお願いします。
本日のパネリストは東京の学校の先生方が多いですが、私は地方の大学勤務で、地方での話をさせていただきますと、なかなか栄養士がスポーツの現場に入ることはありません。「栄養士は選手を太らせることしか考えてない」とか「スポーツの何がわかるの？」といった言葉を言われることも少なくありません。
体のラインなどを気にする審美系競技（体操、フィギュアスケート、アーティスティックスイミングなど）や、体重階級のある競技では食事が制限されることもありますが、そもそも論としてエネルギーが足りなくなると、日々の生活もままならなくなるし、競技を極めていく上でもケガなど何かしらの障害につながりかねません。
栄養士は太らせるのが仕事ではなく、その人に必要とされる栄養バランスや適正量を考えた食事を提案するプロですので、スポーツの現場でももっと栄養士を頼っていただけたらと思っています。
ケガにつながりやすくなるなど、栄養不足のリスクをお話しいただきましたが、木下さんからお気づきの点などありましたらお願いします。
女性アスリート外来で、審美系競技の選手や陸上競技の長距離の選手でREDｓを理由とした無月経や、月経不順を主訴とした選手たちには栄養指導をしますが、選手たちの中には体重を気にするあまり、実は隠れて過食していたり、嘔吐を繰り返したりしていることを、外来時に突然カミングアウトして保護者も驚かれることがあります。先ほどREDs(スポーツにおける相対的エネルギー不足)のお話しもありましたが、LEA(利用可能エネルギー不足)の選手たちの改善には時間がかかることがあるので、こちらも根気強く、さまざまなところに影響が出るということを、お伝えしながら対応しています。
摂食障害というと、男性ももちろんあると思うんですけども、やはり女性アスリートに多いようですね。競技種目による違いもありますが、栄養管理は一過性ではなくて継続的に関わっていかなければいけないものなのに、栄養士への偏見や、近くに栄養士がいないなど、コーチングスタッフの問題も種目や地方で差があるように感じました。
スポーツにおいて栄養はとても大切なことですが、意外とまだ現場においてはないがしろにされていることがある、ということを知ることができました。
女性アスリートたちや支える方たちが抱える、月経や栄養に関する悩みや対策、女性アスリートを指導する際の留意点や課題解決、女性スポーツ促進に向けての取り組みなど「女性スポーツの現状と課題」について、さまざまな立場の識者と考える、貴重な機会となりました。
JSPO公認スポーツ指導者は更新研修の対象となりますが（一部資格を除く）、資格をお持ちでない方も参加可能です。興味がある方はぜひご参加ください。
https://www.japan-sports.or.jp/coach/tabid1221.html
本日の進行役を務める山口です。よろしくお願いします。
まずは、パリ2024オリンピックバスケットボール女子代表チームのヘッドコーチを務められた恩塚さんに、女性へのスポーツ指導についてお聞きしたいと思います。
パリ2024は、男女の出場枠が同数という非常にジェンダーを意識した大会となりましたが、恩塚さんはどのように感じましたか？