健康とスポーツの関わりを調査。 東京1964オリンピックに出場したオリンピアンの現在の体力を測定。

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健康とスポーツの関わりを調査。 東京1964オリンピックに出場したオリンピアンの現在の体力を測定。
1964年に東京で開催された第18回オリンピック競技大会(以下、「東京1964オリンピック」)に出場した選手の生涯にわたる健康と体力を調査すべく、4年に1度、オリンピック競技大会が開催される年にアンケート調査と体力測定を実施する「東京オリンピック記念体力測定」。
JSPO(日本スポーツ協会)などが50年以上にわたり実施してきた測定では、1968年から2016年の間に計13回に渡り、生活習慣、運動習慣、健康状態および病歴などを調査してきました。
2020年に予定されていた第14回測定が新型コロナウイルスの影響で中止となったため、8年ぶりとなる15回目の測定を2024年11月18日~25日の6日間、国立スポーツ科学センター(JISS)で実施。期間中、平均年齢82歳余りの男女61人のオリンピアン(オリンピックにおける日本代表選手)がご自身の体力と向き合いました。

※本測定はJSPS科研費24K14473「第18回オリンピック競技大会出場選手の体力と健康の関係を明らかにする長期追跡研究」(研究代表者:青野博)を受けて実施しています。
※JSPO Plusでは11月21日に取材訪問。当日、参加されたオリンピアンに伺ったお話を記事の後半で紹介しています。

プロジェクトの背景

このプロジェクトはもともとOlympic Meical Archives(OMA)として開始されました。OMAは、を契機に国際スポーツ医学連盟(FIMS)が国際オリンピック委員会(IOC)、各国オリンピック委員会(NOC)、世界保健機構(WHO)の協力のもと、オリンピック競技大会参加選手の健康と体力を生涯にわたって調査し、その記録をスイス・ローザンヌのオリンピック博物館に保存するという事業でしたが、1972年には参加国が減少し、OMAは中止となりました。
日本体育協会(現日本スポーツ協会)のスポーツ科学委員会(現スポーツ医・科学委員会)はこの事業の意義と重要性に鑑み、「東京オリンピック記念体力測定」の名称で4年ごとに調査・測定することを1968年に決定し、現在に至るまで継続してきました。2005年の第10回以降は日本スポーツ協会(JSPO)と国立スポーツセンター(JISS)との共同研究として実施しています。

調査対象者

東京1964オリンピックの代表選手(候補含む)380名(男314名、女66名)を対象にアンケート調査と体力測定、医学的検査・診察に参加した選手の推移を男女別に示しています。
直近の2016年第13回測定時点では物故者80名(男75名、女5名)、消息不明27名を除く、273名にアンケート調査を送付し、177名(男132名、女45名)から回答を得ました。回答者の年齢は75.4±3.6歳(男76.0±3.5歳、女73.5±3.3)で、このうち体力測定、医学的検査・診察を受けたのは106名(男79名、女27名)でした。

調査項目

1968年の第1回はアンケート調査と体力測定、一般臨床検査のみでしたが、1976年の第3回からは整形外科診察、1988年の第6回からは内科診察、2008年の第11回からは歯科の診察・検査が加わりました。2016年の第13回では、フレイル、サルコペニア、ロコモティブシンドロームの調査を行いました。調査項目は以下のとおりです。
1)アンケート調査
・職業、婚姻、子供の数、喫煙、飲酒、睡眠、食事、競技歴、運動習慣、健康状態、怪我、病気など
2)体力測定
・形態:体重、身長、座高、胸囲、腹囲、皮下脂肪、四肢周径
・機能:背筋力、握力、腕屈曲力、脚伸展力、垂直跳び、反復横跳び、全身反応時間、体前屈、上体反らし、全身持久力
*被験者の年齢も考慮し、2015年の第10回測定以降の体力測定は形態、握力、長座体前屈、閉眼片足立ち、開眼片足立ちのみとした。
3)一般臨床検査:血圧、心電図、胸部X線、血液検査、尿検査
4)整形外科診察
・腰、膝、その他の痛みに関するアンケート
・診察、膝・腰のX線検査、骨密度
5)内科診察
6)歯科診察
7)フレイル(※1)、サルコペニア(※2)、ロコモティブシンドローム(※3)
※1 フレイル:加齢とともに心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下し、複数の慢性疾患の併存などの影響もあり、生活機能が障害され、心身の脆弱性が出現した状態
※2 サルコペニア:加齢による筋肉量の減少および筋力低下
※3 ロコモティブシンドローム:運動器の障害のために移動機能の低下をきたした状態

調査結果の概要

東京1964オリンピックの代表選手は競技引退後も運動習慣のある人が多く、高齢になっても同年代の一般人より高い筋力を保っていました。高血圧、糖尿病、脂質異常症は一般人より少なく、死亡率も低かったものの、高尿酸血症、痛風は多くみられました。
また、高齢になっても骨密度が高く保たれていましたが、体の痛みを訴える人が多く、バランス能力、歩行速度は一般人より低い傾向がみられました。
青年期にスポーツに打ち込み、その後もスポーツ習慣を持つことは、健康にとって益することが多いですが、高齢期に体の痛みを訴える元選手が多く、青年期の競技における外傷、障害をなるべく予防し、体のケアを怠らないことが重要と考えられます。

8年ぶりに体力を測定。現在のご自身の状態を確認。

8年ぶりとなる15回目の測定を2024年11月18日~25日の6日間、国立スポーツ科学センター(JISS)で実施。期間中、平均年齢82歳余りの男女61人のオリンピアンがご自身の体力と向き合いました。
取材をおこなった11月21日は8名が参加。体力測定では、形態(体重、身長、座高、胸囲、腹囲、皮下脂肪、四肢周径)の測定と、機能(握力、長座体前屈、閉眼片足立ち、開眼片足立ち)の測定をおこないました。
測定項目
形態(体重、身長、座高、胸囲、腹囲、皮下脂肪、四肢周径)
機能(握力、長座体前屈、閉眼片足立ち、開眼片足立ち)
【握力】
左右の握力を測定。
【長座体前屈】
安全のため座った状態で柔軟性をチェック。
【閉眼片足立ち】
片目を閉じて片足で何秒立っていられるかをチェック。
【血圧測定】
【開眼片足立ち】
片足で何秒立っていられるかをチェック。
【立ち上がりテスト】
座った状態から手を使わずに立ち上がれるかをチェック。

今の自分の体力を知る大切さ、昔の仲間に会える楽しさがある。

「東京オリンピック記念体力測定」では、東京1964オリンピック代表選手の方々は競技引退後も運動習慣のある人が多く、高齢になっても同年代の一般人より高い筋力を保っていることがわかっています。
若い頃にスポーツに打ち込んだオリンピアンの方々に、現在のご様子と「東京オリンピック記念体力測定」の意義などを伺いました。(年齢は取材当時)

バレーボールのおかげで、ここまでしっかり頑張ってくることができた

中島(旧姓:半田)百合子さん
昭和15(1940)年生まれ、84歳
東京1964オリンピック出場競技:バレーボール(女子金メダル)
今でも何か運動はされていますか?
77歳ぐらいの頃に体が疲弊してしまって、何か運動をしようと思い、プールに通い始めました。泳げないのでウォーキングを、もう7年以上続けています。そのおかげか体の調子も良く、食欲もありますし、これからも運動を続けていきたいと思っています。
測定の結果はいかがでしたか?
歯は治療していますけれども、まだ30本ありますし、体は元気です。頭の回転がちょっと鈍くなってきたかなと思いますけれど(笑)。やっぱり体が大事だと思います。体がついていかないと心も疲弊してしまいますからね。
今でもお元気なのは、若い頃にバレーボールをしていたことが影響していると思いますか?
特別意識したことはなかったけれど、この年齢になって今の健康状態をみると、十分に影響はあると思いますね。バレーボールのおかげで、いろんな意味で、しっかりとやってくることができた。自分を褒めてあげたい、ここまで頑張ったねって。バレーボールのおかげでいい思いもさせてもらいましたし、これからも自然体で過ごせたらいいなと思っています。

大松先生や仲間との出会い、最高の人生はバレーボールに打ち込んできた賜物

松村(旧姓:神田)良子さん
昭和16(1941)年生まれ、83歳
東京1964オリンピック出場競技:バレーボール(女子金メダル)
久しぶりに測定してみていかがでしたか?
楽しかった。だけど、自分のできないことがわかりました。今は膝を悪くしてしまっていて、何をするにも一番堪えるのが膝なんですね。お医者さんから「このままだと歩けなくなる」と言われてジムに通い始めました。だからこの測定が来年だったら、もう少し体力がついていたと思いますよ(笑)。
若いころにバレーボールをされていたことが人生でどのような影響がありましたか?
東京1964オリンピックで金メダルを獲得してもう60年経ちますが、皆様に良くしていただいて、本当に楽しい最高の人生をおくっています。これも私が貝塚に入って大松先生や仲間たちと出会い、ともにバレーボールに打ち込んできた賜物だと思っています。
今でも運動を続けられているのは?
実は数年前に主人を亡くして気力をなくしてしまっていた時期に、子どもからも運動することを勧められました。おかげで気持ちも前向きになれましたし、今回こうして測定にも来ることができました。近所の方も私のことを気にかけてくれるし、半田さんなんかは3日に1回「元気?」って電話をくださるし、おかげで楽しく暮らしています。

練習が大変だったから、日常生活で大変と思うことがあまりなかった

田村(旧姓:篠崎)洋子さん
昭和20(1945)年生まれ、79歳
東京1964オリンピック出場競技:バレーボール(女子金メダル)
今もバレーボールを続けているそうですね。
はい。今は60代~80代のシニアの仲間で集まって、みんなでわいわいと。勝つことが目的ではなくて、終わったあと食事をしておしゃべりして楽しい時間を過ごす。そういう活動をしています。昔は試合に出て勝ちたいと思っていましたが、今は仲間に会いに行くのが楽しみですね。
バレーボールをしていたことで、生活に何か影響がありましたか?
選手の頃は練習がキツくて大変でしたから、主婦になって日常生活で大変と思うことがあまりなかったですね。疲れていても当たり前、急がなきゃいけなくっても当たり前、その感覚があったので、バレーボールに打ち込んだ経験は、その後の生活にとても役立っていると思います。
体力測定はいかがでしたか?
「片足立ち」など足腰はまずまずでした。あの当時は車もなく、なんでも自分の足で走っていましたから。日常生活においても椅子がないので、立ったり座ったりの動作も大きい。そんな環境でしたから、自然と足腰が強くなったのでしょうね。
今回、測定会場に来てみたら、半田さんと神田さん、先輩たちにお会いして、こういう同窓会のように昔の仲間に会えるのも魅力ですね。

オリンピアンであることを意識して一日一日生活しています

本田大三郎さん
昭和10(1935)年生まれ、89歳
東京1964オリンピック出場競技:カヌー
久しぶりの測定はいかがでしたか?
私が現役の頃は「頑張れば勝てる時代」でしたから、やりすぎて体のあちこちが壊れる、ほどほどにやるという術がわからなかった時代です。私もいろんなところを痛めて手術をしていますが、内臓はほとんど問題ないですね。網膜剥離裂孔で目も手術しましたが、視力はまだ両目ともに1.0あります。
前回(2016年の第13回)から歯の検査が始まりましたよね。私はスポーツにとって歯というのは一番大事だと思っています。実際に子どもたちがマウスピースをつけて計測するとタイムが伸びますし、噛むことは頑張りや精神的なものにも関係してきます。踏ん張るときには奥歯を噛みしめるからエラが張ってくる。そういう子ほどいい選手になると見ています。
握力が40kg近くまであったそうですが体力維持の秘訣は?
カヌーをトータルで8万km、およそ地球を2周り漕いでいます。一日多いときで40km、それをだいたい300日練習していましたから。数年前まで小中学生を対象にカヌー教室をしていたのですが、それをやめて今は盆栽で体力づくりをしています。盆栽は鉢に入っているのである程度の重さがある。それを移動させるのですが、これを仕事としてやると効率よくやってしまう。できるだけ意識をしておこなっています。それと、盆栽は刻むので握力を鍛えるのにいいかもしれません。
「東京オリンピック記念体力測定」で思い出に残っていることはありますか?
最初は会場がお茶の水でしたね。先生たちが製作した腕力を測定する機械を、私たちが無理に動かして壊してしまって、それをまた先生たちが作り替える、そういう時代でした。だからスポーツの勉強をたくさんさせてもらいました。そのおかげで身内から何人もオリンピック選手を出すことができました。
※本田さんの息子はレスリングのオリンピアンである本田多聞さん(ロス・ソウル・バルセロナの3大会出場)、本田さんのお兄さんの孫にあたるのがサッカー選手の本田圭佑さん(オリンピックは北京2008出場)。親族全体で12人オリンピック選手を輩出されています。
とても元気なご様子ですが普段から意識されていることなどありますか?
やっぱりオリンピックに出ると、皆さんから「オリンピック選手」だと言われるので、そのことを意識して生活をしています。トレーニングもそうですが常に物事を意識しておこなうことが大切。私はお酒も飲みませんし、タバコも吸ったことがありません。オリンピックに出場したことを誇りに、死んでも三途の川の向こう側で合宿しているぐらいの根性でやっていかなければ、そういう気持ちで生きています。スポーツマンは健康だと思われているけれど、いや「健康でないといけない」と意識をしているだけなんです。

今の自分の体力がどれくらいあるか確認できる場所

加藤(旧姓:辻)宏子さん
昭和13(1938)年生まれ、86歳
東京1964オリンピック出場競技:体操競技(女子団体銅メダル)
ここに来る楽しみをどんなところに感じられていますか?
今の自分の体力がどれくらいあるか、それを確認できるところです。
今でも何か運動は続けられていますか?
体操競技を引退してからはずっとジャズダンスをしています。それから60代~70代の方たちに健康体操を教えていて、体を動かす大切さを伝えています。
健康の秘訣を教えてください
健康の秘訣は、朝昼晩と3食きちんと食べて、時間通り動くということですね。

壮大なプロジェクトに、自分たちが協力しているということ

梅沢勇治さん
昭和20(1945)年生まれ、79歳
東京1964オリンピック出場競技:カヌー
ここに来る楽しみをどんなところに感じられていますか?
若い頃に活躍した選手が最盛期のときから年数を経て、体力がどのように変化していくかという壮大なプロジェクトに、自分たちが協力しているということではないでしょうか。
若い頃スポーツに打ち込んで良かったなと思うのはどんなところでしょうか?
やはり精神的に強くなれたところでしょうか。あの頃に比べたら「キツい」なんていうことはなかなかありませんから。とにかく当時は眩暈がするぐらい頑張っていました。カヌーを漕いでいると、コーチがモーターボートで追いかけてきて、手を抜いていると気づかれて檄をとばされる。そんな精神論の時代でしたが、おかげでタフになれたと思っています。

若いときに運動をしていた人は、死亡率が低く、高血圧や糖尿病、心臓疾患が少ない

「東京オリンピック記念体力測定」の意義や成果などについて、JSPOスポーツ医・科学委員会委員長の川原貴氏(大学スポーツ協会)に伺いました。
JSPO Plus編集部

この研究の意義や続けられている目的についてお聞かせください。

JSPO Plus編集部
川原氏
川原氏

「東京オリンピック記念体力測定」の意義は次のように考えています。

オリンピアンの生命予後に関連する要因を検討することで、エリートアスリートの育成や引退後の健康・疾病リスク評価に貢献するとともに、「健康寿命の延伸」をめざす我が国におけるスポーツ振興と健康増進政策に重要な示唆を与える科学的論拠を示すことが期待されます。

若いときに激しい運動をすると、“その後の体力や健康状態にどう影響するのか?”、“後からいろいろマイナス面が出てくるのでは?”などといったことを調査するために1968年にスタートしました。

JSPO Plus編集部

研究成果としてどのようなことがわかってきましたか?

JSPO Plus編集部
川原氏
川原氏

実際に調査をおこなってみると、若いときに運動をしていた・その後も続けている人は、死亡率が低く、高血圧や糖尿病、心臓疾患が少ない。一方で、尿酸値が高く、痛風になる人が多いことがわかりました。
それから骨が丈夫。同年代と比べて、若い人と同じぐらい、まだ骨が高齢になっても保たれています。筋肉についても同年代の一般の人よりも上回っています。昔はさまざまな筋力テストもしていましたが、皆さん高齢なられたので今は握力しかやっていません。
それと、皆さん、歯の状態がいい。前回の2016年の時点では同年齢の高齢者より4.4本多く残っていることがわかりました。
これからますます高齢者が増えていきますが、ご高齢の方が元気で暮らすためには、適度な運動と栄養が大切だと考えます。

記事のまとめ

東京1964オリンピックから60年以上が経ち、当時10代~20代で活躍されていたオリンピアンの方々も今では80代に。病気をされたり、腰や膝が痛みを抱えていたり、歳相応の症状はあるものの、みなさん測定を楽しまれる様子が印象的でした。
「東京オリンピック記念体力測定」には、“エリートアスリートの育成や引退後の健康・疾病リスク評価に貢献するとともに、「健康寿命の延伸」をめざす我が国におけるスポーツ振興と健康増進政策に重要な示唆を与える科学的論拠を示すことが期待される。”という調査の目的がありますが、若い頃に運動に取り組み、その後も続けることで、死亡率が低く、高血圧や糖尿病、心臓疾患が少なくなることや骨や筋肉、歯の状態がいいという示唆が得られるとともに、オリンピアンの方々にとっても昔の仲間たちの健在を確認できる4年(今回は8年ぶり)に一度の楽しみになっているように感じられました。