【カヌー・羽根田卓也さんインタビュー】「恵まれない環境を嘆くのではなく、アスリートとして今できることを探す」

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【カヌー・羽根田卓也さんインタビュー】「恵まれない環境を嘆くのではなく、アスリートとして今できることを探す」
世界中で猛威をふるっている新型コロナ。2020年に開催予定だった東京オリンピックは延期。アスリートは思うようにトレーニングができないだけでなく、モチベーションを保つことが難しい状況が未だに続いています。

そんな中、リオ五輪の銅メダリストでもあるカヌー選手の羽根田卓也さんは、東京オリンピックへの「闘志の炎は消えていない」と話します。

新型コロナにともなう外出自粛期間中、羽根田選手はどのような想いを胸に自宅でのトレーニングに励んでいたのでしょうか。

競技人口が少ないスポーツだからこそ、若い時からオリンピックを目指すことができた

――羽根田選手が自分自身の強みだと思っていることは何ですか?

良い意味で、「目的を達成するためにできることを何でもする」ことが自分の強みだと思っています。
中学生の頃からオリンピックの舞台を目指すようになりましたが、当時通っていた中学校にはカヌー部がありませんでした。そのため、部活動という形にこだわらず、一人でトレーニングに励みました。

また、高校卒業後は、日本を飛び出してカヌー競合国・スロバキアへ留学しています。当然スロバキアは言葉も文化も違う国なので、生活環境はガラッと変わりました。そのため、日本人の感覚では一筋縄ではいかないこともたくさんありましたが、あえて厳しい環境に身を置くことにしたんです。

他者から技術を学ぶことが難しく、周りと比べて経験値が圧倒的に不足している中でやることが当たり前だったので、自分には何が足りないのかを四六時中考えざるを得なかったんです。

――周囲から学べない分、自分で気づきを得ながらトレーニングをするのは想像以上に大変そうです。それでもここまでやり通した意志の強さの根底には何があるのですか?

カヌーという競技は、国内で開かれる大会の数が少ない競技です。裏を返せば、競技人口が多い種目と比べると、わりとオリンピックが一直線に見える世界なんですよね。だからこそ、若い時から世界を舞台に戦う自分を思い描くことができたし、オリンピックを目標にして強い想いや高い意識を持ち続けられたのだと思います。

僕がカヌーで世界を目指すと決めたのは中学校のころなのですが、若くして生涯の目標を見つけられたことはすごく幸せだったなと感じています。

――他のスポーツには見られない特殊な環境を、逆に武器にしたんですね。

そうですね。たとえば、もし中学校から部活動に所属していたら、「部活動の枠」に囚われてしまって、この競技で大成するという大きな目標は持てていなかった可能性もあります。部活で「明日は休み」と決められれば、自主トレもせずその日は休んでしまうかもしれない。周囲に流されず、頭ひとつ抜けるには、自主性が育まれる環境に身を置くことが大切だと感じますね。

土壇場で本当に頼れるのは、自分のルーティーンにあてはめなくても発揮できる力

――新型コロナ感染拡大の影響を受けて、いつも通りトレーニングができないストレスはありましたか?

普段から「こういうルーティーンでトレーニングすべきだ」「このように大会に臨まないといけない」という意識を持たないようにしているので、ストレスはあまり感じませんでしたね。

もちろん、毎日激流のカヌーコースで練習できればベストですよ!でも僕の信条として、その時々の状況に自分を合わせることをすごく大切にしているので、やりたいトレーニングができないという状況をネガティブに捉えたことはありません。

――なるほど。特殊な環境を戦い抜いてきた、羽根田選手だからこその考え方ですね。

新型コロナに関係なく、理想とかけ離れた環境で大会をしないといけない状況は普段からたくさんあります。というか、今まで理想的なコンディションで戦えたことなんて一度もなかったですね。だからこそ、ベストな環境でしか発揮できない力なんて土壇場では役に立たないと思っています。

今回に限って言えば、トレーニング方法が制限されてしまったうえに出場を控えていた大会自体も中止。挙句の果てには東京オリンピックまで延期になってしまいました。でも、僕は常に目の前の不利な状況に対して「今、自分は何をすべきか」ということを考えてきた。だからこそ、「必要なトレーニングができなくなった」と嘆くのではなく、「その中でもこれならできる」ということを常に探すようにしていましたね。

精神力を鍛えて、「ここ一番」の勝負強さを得る

――とてもフレキシブルな考え方ですね。それに加えて、他の選手と差をつけるために肉体的トレーニング以外にもされていたことがあったとか。

精神力の強化ですね。もともと、それが東京オリンピックという目標に向けて取り組まなければいけない課題の一つだったんです。

東京でおこなわれるオリンピックは僕も未経験ですし、今までの自分のままでは通用しない舞台だと思っています。そんな場所で自分のすべてを出し切るには「精神力」が最後にものをいうことは間違いない。

――たしかに、自国でおこなわれるオリンピックということで、観客の期待も、自分の中でのハードルもいつもより高いのかもしれませんね。具体的にはどのようなことをされたのですか?

自粛期間中には、スポーツとは違う分野に挑戦してみました。たとえばお茶。お茶の世界には深い思想とか哲学とか、そういう考えがたくさん詰まっています。それを吸収できれば、スポーツにおける精神力だけでなく、人生においての姿勢や考え方にも影響を及ぼすのではと思ったんです。

こうしてさまざまな哲学や思想、生き様などに触れる機会を増やすことが、自分の人生や競技に対する姿勢をあらためて考え、大事な場面での勝負強さにつながるのではないかと思っています。

スポーツ選手としてあるべき姿をずっと貫いて

――新型コロナ感染拡大の収束が見えない中、多くの競技者にとってモチベーション維持が課題だと思います。この状況下でも羽根田選手がカヌーを続けるモチベーションは何でしょう。

やはり東京オリンピックですね。1年延期になったからといって、自分の中では全然やる気は変わらなくて。選手にとっても開催する側にとっても本当に調整が大変だと思うのですが、それでも自分の中で1年の延期は取るに足らない問題です。東京でオリンピックが開催されることが決まった2013年から、自分の人生における大目標でしたから。

――羽根田選手は新型コロナの状況下でもSNSで積極的な情報発信をしていました。これは、スポーツを楽しむ層に向けての想いがあってのことでしょうか?

以前から自分のトレーニング風景をSNSに投稿することはしていましたが、緊急事態宣言中にアップした動画や取材風景の様子にすごく反響があったんです。自分にとっては当たり前のことだったのですが、世間はそれだけ外出自粛の日々に参っていて、だから自分の普段どおりの姿勢が評価されたんだな、と感じて。

応援してくださる皆様にお返しをする場がなくなってしまった中でも、日々を前向きに過ごす様子など「スポーツ選手としてあるべき姿」を発信するのも、我々スポーツ選手の大切な使命なのかなと思っています。だからこそ、意識的に発信するようにしていました。

――この先いつかこの事態が収束すると信じて、現在多くのアスリートが先の見えない不安をはねのけながらトレーニングに励んでいます。私たちの日常が戻ってきた時に羽根田選手がスポーツを通して伝えたいことを教えてください。

スポーツ選手に求められているのって、きっと前向きな精神で常に困難にチャレンジすることだと思うんですよね。僕もスポーツ選手の一人として、そんな「非常にすがすがしくて打算も妥協もない前向きな姿」のお手本になるべきだと思っています。そして、いつか日常が戻ってきたときに、人々から「羽根田は新型コロナの中でも前向きにスポーツ選手としてあるべき姿をずっと貫いて、今この場に立っているんだな」と思ってもらえるように頑張りたいですね。

【プロフィール】

羽根田 卓也(はねだ たくや)
愛知県出身。1987年7月17日生まれ。
2016年リオデジャネイロオリンピック銅メダル、ミキハウス所属