プレーヤーの成長をサポートしながら共にスポーツを楽しむことができる存在。いま「公認スポーツ指導者」が求められるわけとは
ささえる
スポーツを安全かつ安心して楽しくおこなううえで、コーチ(指導者)の存在はとても重要です。プレーヤーがスポーツに親しめるよう導いたり、プレーヤーの成長を支援したり、誰もが快適にスポーツを楽しめるように、JSPOではスポーツ指導に求められる資質能力を身に付けたスポーツ指導の専門家として「公認スポーツ指導者」を育成しています。
公認スポーツ指導者とは
現在、運動やスポーツが多様化するなかで、必ずしも指導を受けなくても楽しめるような状況も増えてきていますが、コーチをはじめとする専門家による指導や支援を受けることで、より安全で安心して楽しむことが可能になります。
JSPO(日本スポーツ協会)および加盟団体等では、ライフステージに応じた多様なスポーツ活動を推進することのできる専門家として「公認スポーツ指導者」を、コーチングやサポート等に必要な資質能力(思考・判断、態度・行動、知識・技能)に関する科目を体系的に編成した講習会等を実施し育成しています。
資格制度のはじまりは1964年の東京オリンピックの翌年
スポーツ指導者の育成は、1964年の第18回オリンピック競技大会(東京)の際に、スポーツ医・科学に立脚した競技者育成・強化のノウハウを全国展開するために1965年から開始され、すでに50年余りの長きにわたって行われています。
▶詳細はこちら:「指導者育成50年のあゆみ」(JSPO HP)
新しい時代にふさわしいコーチング像を求めて、教育目標ガイドライン「モデル・コア・カリキュラム」を作成
50年余りの歴史の中で、指導者を育成する際の制度やカリキュラムについては、最新のスポーツ界における知見はもちろんのこと、スポーツを取り巻く社会の変化を踏まえ、より良い内容を目指した改定が続けられており、直近では、2019年度に改定されています。
2019年度の改定は、社会的な変化(グローバル化やダイバーシティの進展、情報技術の進歩等)や、日本のスポーツ界での変化(スポーツ基本法施行、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催等)に加え、人々のスポーツに対する価値観の多様化、さらには、スポーツ指導者による暴力をはじめとする反倫理的行為の社会問題化などに対応した、新しい時代にふさわしい内容に改定することが求められました。
具体的には、JSPOがスポーツ庁の委託を受けて2016年3月に取りまとめた「コーチ育成のための『モデル・コア・カリキュラム』」を導入することになりました。
「人間力」に関する学びを増やしたカリキュラム
「コーチ育成のための『モデル・コア・カリキュラム』」は、グッドコーチに求められる資質能力を確実に習得するために必要な内容を「教育目標ガイドライン(講義概要・到達目標・時間数)」として提示したもので、その特徴は、いわゆる「人間力」と称する「思考・判断(スポーツの意義と価値の理解、コーチングの理念・哲学等)」と、「態度・行動(対自分力、対他者力)」に関する内容の比重を増やした点にあります。
JSPOが考えるグッドプレーヤー像、グッドコーチ像
「コーチ育成のための『モデル・コア・カリキュラム』」の取りまとめの過程においては、今後日本スポーツ界が育成すべきグッドプレーヤーとはどのような人物なのか、そして、そのグッドプレーヤーの育成を担うグッドコーチ像とはどのような人物なのかを検討し明らかにしています。
【グッドプレーヤー像】日本スポーツ界が育成すべき人物像
人物像 |
キーワード |
スポーツを愛し、その意義と価値を自覚し、尊重できる人 | スポーツが好き、スポーツの意義と価値の理解 |
フェアプレーを誇りとし、自らの心に恥じない態度をとり行動ができる人 | フェアプレー |
何事に対しても、自ら考え、工夫し、行動できる人 | 自立、課題解決(創意工夫、実践力) |
いかなる状況においても、前向きかつ直向きに取り組むことができる人 | 逆境・困難に打ち克つ力、ポジティブシンキング、真摯さ、継続性 |
社会の一員であることを自覚し、模範となる態度・行動が取れる人 | 社会の中の自己認識、社会規範・モラルの理解・遵守 |
優しさと思いやりを持ち、差別や偏見を持たない人 | 同情・共感、公平・公正さ |
自分を支えるすべての人々(保護者、コーチ、仲間、審判、対戦相手など)を尊重し、感謝・信頼できる人 | 相互尊敬(リスペクト)、感謝・信頼 |
仲間を信じ、励ましあい、高めあうために協力・協働・協調できる人 | チームプレー、協力・協働・協調 |
【グッドコーチ像】グッドプレーヤーを育成する担い手
人物像 | キーワード |
スポーツを愛し、その意義と価値を自覚し、尊重し、表現できる人 | 人が好き、スポーツが好き、スポーツの意義と価値の理解 |
グッドプレーヤーを育成することを通して、豊かなスポーツ文化の創造やスポーツの社会的価値を高めることができる人 | プレーヤーやスポーツの未来に責任を持つ |
プレーヤーの自立やパフォーマンスの向上を支援するために、常に自身を振り返りながら学び続けることができる人 | 課題発見・課題解決、自立支援、プレーヤーのニーズ、充足、卓越した専門知識(スポーツ教養含)、内省、継続した自己研鑚 |
いかなる状況においても、前向きかつ直向きに取りくみながら、プレーヤーと共に成長することができる人 | 逆境・困難に打ち克つ力、ポジティブシンキング、真摯さ、継続性、同情・共感、対象に合わせたコーチング |
プレーヤーの生涯を通じた人間的成長を長期的視点で支援することができる人 | プレーヤーズセンタード、プレーヤーのキャリア形成・人間的成長、中長期的視点 |
いかなる暴力やハラスメントも行使・容認せず、プレーヤーの権利や尊厳、人格を尊重し、公平に接することができる人 | 暴力・ハラスメント根絶、相互尊敬(リスペクト)、公平・公正さ |
プレーヤーが、社会の一員であることを自覚し、模範となる態度・行動をとれるよう導くことができる人 | 社会の中の自己認識、社会規範・モラルの理解・遵守、暴力・ハラスメント根絶意識のプレーヤーへの伝達 |
プレーヤーやプレーヤーを支援する関係者(アントラージュ)が、お互いに感謝・信頼し合い、かつ協力・協働・協調できる環境をつくることができる人 | 社会との関係・環境構築、チームプレー、感謝・信頼、協力・協働・協調 |
スポーツ指導の現場で求められる「プレーヤーズセンタード」「Well-being」という考え方
プレーヤーズセンタードとは
プレーヤーを中心に据えつつも、プレーヤーを取り巻くアントラージュ(プレーヤーを支援する関係者)自身も、それぞれのWell-being(良好・幸福な状態)を目指しながら、プレーヤーをサポートしていくという考え方(※)です。
※ICCE(International Council for Coaching Excellence、国際コーチングエクセレンス協議会)では「アスリートセンタード」を提唱。JSPOでは2019年度の公認スポーツ指導者制度改定時に、「アスリート」を包含した「プレーヤー」に置き換え、その考え方を導入しました。
似た考え方として、「アスリートファースト」や「プレーヤーズファースト」といったものがありますが、ファーストがあると誰かがセカンドになる。
「プレーヤーズセンタード」では、互いが互いを認め合う。すべてがプレーヤー優先ではなく、指導者やアントラージュ、その家族も、それぞれの幸せや成長を考え、個を大事にする。皆が主役であり、それぞれの人生を豊かにできる、誰も不幸にならない考え方。
そのうえで、真ん中にプレーヤーを置き、アントラージュ自身はプレーヤーの成長のために何ができるか、バランスよく考える。「プレーヤーズセンタード」の根底には、プレーヤーを人間的に成長させるという概念があります。
プレーヤーそれぞれの背景に目を向け適切なアプローチを選択する
「プレーヤーズセンタード」は、ただ単にプレーヤー任せにするということではありません。プレーヤーの状態、培ってきたものなど、プレーヤーごとに異なる文脈(コンテクスト、コーチングが行われる場の特徴)に沿って(依存して)考えなくてはいけません。
プレーヤーそれぞれの背景に目を向け、今、どういうアプローチが最も適しているのか、そのためにはいかなる選択肢があるのか。アプローチはこれ一つしかない、という指導者もいるかもしれませんが、プレーヤーに応じたコーチングがあり、ゆえに「プレーヤーズセンタード」があります。
時には問いを投げかけ、プレーヤーに任せることもあるでしょう。そのため、指導者の想定した答えや結果にならないことの方が多いかもしれません。プレーヤーの成長を中心に考えながら、指導者自身も学び続け資質能力を高めていく、それが「プレーヤーズセンタード」の考え方です。
JSPOでは、公認スポーツ指導者資格を取得するための講習会において「プレーヤーズセンタード」なコーチングを実現するためのアプローチの一つとして「TELL(指示)」「SELL(提案)」「ASK(質問)」「DELEGATE(委譲)」の手法を紹介しています。
たとえば、速く走るための指導、指導者は次のようなアプローチが考えられます。
TELL→「腕を前後にもっと大きく振るように」と指示し、その通りにやらせる
SELL→「腕を前後にもっと大きく振ってみたら早く走れるかもしれない」といったような選択肢を提案し、プレーヤーに選択してもらう
ASK→腕の振りの大きさを変えて走ってもらい、「どうだった?」などと質問し、プレーヤーの発見や理解を促す
DELEGATE→プレーヤー自身が主体的に取り組める時間を確保したり、プレーヤー同士で教え合ったりする場を整えたりといったように、プレーヤーに任せ(委譲)、その状況を観察する
SELL→「腕を前後にもっと大きく振ってみたら早く走れるかもしれない」といったような選択肢を提案し、プレーヤーに選択してもらう
ASK→腕の振りの大きさを変えて走ってもらい、「どうだった?」などと質問し、プレーヤーの発見や理解を促す
DELEGATE→プレーヤー自身が主体的に取り組める時間を確保したり、プレーヤー同士で教え合ったりする場を整えたりといったように、プレーヤーに任せ(委譲)、その状況を観察する
なお、上記のアプローチは、それぞれが単独で機能するわけではないため、複合的に使い分けることが前提となります。プレーヤーの状態や指導内容は一つとして同じことはなく、その時々で最適なアプローチを選択できるようにすることが求められます。
プレーヤーズセンタードを実現する際のポイント
・徒弟関係的でもあった従前のコーチとプレーヤーとの関係に決別
→コントロールするのではなく、成長のために刺激や影響を与えてみようという発想へのシフト
・プレーヤーを中心にコーチ自身、保護者なども含めた全員が高めあう関係性
→みんな違った人間であり、互いに認め合う
・プレーヤーの文脈(状態や培ってきたものなど)に沿ったアプローチ
・コーチ自身が学び続けるという姿勢
→コントロールするのではなく、成長のために刺激や影響を与えてみようという発想へのシフト
・プレーヤーを中心にコーチ自身、保護者なども含めた全員が高めあう関係性
→みんな違った人間であり、互いに認め合う
・プレーヤーの文脈(状態や培ってきたものなど)に沿ったアプローチ
・コーチ自身が学び続けるという姿勢
Well-beingとは
一般的には、個人の権利や自己実現が保障され、身体的・精神的・社会的に良好な状態にあること、とされます。
たとえば、スポーツ指導の場においては、コーチ、プレーヤー、保護者、それぞれにとって自分は良好な状態であっても、全体として自分以外の誰かが良好な状態ではなかったり、コーチの家族などが良好な状態ではなかったりした場合は、「Well-being」とは言い難く、また、短期的に良好な状態であっても、長期的な視点では良好な状態ではない場合も同様と言えます。
「Well-being」は、自分自身、さらには、関係者を含む個々人の身体的・精神的に良好な状態に加え、社会的に良好な状態かを、一時的ではなく、長期的な視点で判断することが重要なポイントと言えます。
「プレーヤーズセンタード」は、まさにWell-being(良好・幸福な状態)を目指しながら、プレーヤーをサポートしていくという考え方であり、「プレーヤーズセンタード」を実践することは、コーチ、プレーヤー、保護者など、関わった人みんなが成長していると思える環境を築くことにつながります。
「Well-being」を実現する際のポイント
・自分のコーチングはプレーヤーやその関係者にとって、どのような幸福を提供できているのか?
・自分のコーチングは自分の身近な人たち(例えば家族やパートナー)を幸福にできているのか?
・どのようなコーチングをすることが、自分を含め、関係する皆の幸福につながるのか?
・自分のコーチングは自分の身近な人たち(例えば家族やパートナー)を幸福にできているのか?
・どのようなコーチングをすることが、自分を含め、関係する皆の幸福につながるのか?
公認スポーツ指導者資格は、スポーツ指導に関わる方々にぜひ取得していただきたい資格です
公認スポーツ指導者資格として、スポーツの多様化と高度化に対応するため、「スポーツ指導者基礎資格」「競技別指導者資格」「メディカル・コンディショニング資格」「フィットネス資格」「マネジメント指導者資格」の5つの領域にわたる18の資格を認定しています。
「競技別指導者資格」を例にとると、地域スポーツクラブ・スポーツ少年団・学校運動部活動等の場で、上位資格者と協力して安全で効果的な活動を提供するための資格(スタートコーチ)や、トップリーグ・実業団・ナショナルチーム等のコーチングスタッフとして、国際大会レベルのプレーヤー・チームに対して競技力向上を目的としたコーチングを行うための資格(コーチ4)など、それぞれのステージに応じた指導者資格を用意しています。
2021年10月現在で約20万人(永年認定資格であるスポーツリーダー資格を加えると約62万人)を認定しています。
スポーツ少年団における指導者の登録条件が変わりました
スポーツ少年団の指導者については、これまでも、公認スポーツ指導者資格を保有する指導者が含まれていましたが、「指導者」としてスポーツ少年団に登録する際の条件とはしていませんでした。
しかし、社会環境の変化と社会からの期待に対応し、下記の理念を実現する存在としてさらなる発展・充実を図るため、2020年度以降、スポーツ少年団に登録する「指導者」の全員が公認スポーツ指導者資格保有者となることが条件となりました(2023年度まで移行措置あり)。
スポーツ少年団の理念
・一人でも多くの青少年にスポーツの歓びを提供する
・スポーツを通して青少年のこころとからだを育てる
・スポーツで人々をつなぎ、地域づくりに貢献する
・一人でも多くの青少年にスポーツの歓びを提供する
・スポーツを通して青少年のこころとからだを育てる
・スポーツで人々をつなぎ、地域づくりに貢献する
なお、スポーツ少年団では、公認スポーツ指導者資格であるスタートコーチ(スポーツ少年団)の養成を2021年度から開始しています。
学校運動部活動等の現場にもっと公認スポーツ指導者を
JSPOが2021年に実施・公表した「学校運動部活動指導者の実態に関する調査」では、学校運動部活動の顧問教員のうち約4分の1の方が保健体育以外で当該スポーツの経験がなく、専門的な指導をする立場として依頼を受けている部活動指導員や外部指導者の半分の方がスポーツ指導に関する資格を保有していないという結果が明らかになりました。
スポーツ現場の中でも指導者の人数が多く、指導頻度が高い運動部活動においては、不適切な指導の発生件数も多く、公認スポーツ指導者の存在が望まれます。
なお、2022年度からは教員免許状所持者向けの公認スポーツ指導者資格として、「スタートコーチ(教員免許状所持者)」の養成が開始されます。
詳細はこちらからご覧ください。
詳細はこちらからご覧ください。
公認スポーツ指導者に求められること・期待されること
コロナ禍においてオンラインによる指導の機会が増えたように、社会環境の変化や人々のスポーツに対する価値観が多様化する中で、より多くの人たちが、それぞれのライフステージに応じた多様なスポーツ活動を推進できるような環境を整備することが必要です。
環境整備の中でも、とりわけ、スポーツ活動を直接的・間接的に支援する公認スポーツ指導者に求められる役割は、さらに重要度が増していると言っても過言ではありません。
そのため、公認スポーツ指導者には、今後とも「プレーヤーズセンタード」の考え方のもとに暴力やハラスメントなどあらゆる反倫理的行為を排除し、常に自らも学び続けながらプレーヤーの成長を支援することで、社会的、経済的、さらに文化的にも、人々の生き方や暮らし方に対して、良い影響を与えられる存在となることが期待されています。
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