【BMXフリースタイル・中村輪夢選手インタビュー】 大好きなことを仕事にできているのはめっちゃ幸せ。多くの人にBMXの魅力を伝えていきたい
する
Photo @UCI
東京2020オリンピックで正式種目となったBMXフリースタイル。BMXはBicycle Motocrossの略で、もともと1970年代初期にアメリカ・カリフォルニア州の子どもたちがオートバイのモトクロスを真似て、20インチの自転車を乗り回していたことが原点とされています。
この競技に子どもの頃から親しみ、世界のトップシーンで活躍する中村輪夢(なかむら・りむ)選手。
2022年5月(25(水)~29(日)の5日間)にフランス・モンペリエで開催された「UCI BMXフリースタイルワールドカップ」では、パーク種目男子エリートで優勝し、2019年11月に中国で開催されたワールドカップと合わせ「UCIワールドカップシリーズ」で2連覇を達成。
そして2022年11月、アブダビで開催された「UCIアーバンサイクリング世界選手権」では、フリースタイル・パークで、見事に世界選手権初優勝を飾りました。
圧巻のパフォーマンスで見る人を楽しませてくれる中村選手に、BMXという競技の魅力についてお話を伺いました。
東京2020オリンピックで正式種目となったBMXフリースタイル。BMXはBicycle Motocrossの略で、もともと1970年代初期にアメリカ・カリフォルニア州の子どもたちがオートバイのモトクロスを真似て、20インチの自転車を乗り回していたことが原点とされています。
この競技に子どもの頃から親しみ、世界のトップシーンで活躍する中村輪夢(なかむら・りむ)選手。
2022年5月(25(水)~29(日)の5日間)にフランス・モンペリエで開催された「UCI BMXフリースタイルワールドカップ」では、パーク種目男子エリートで優勝し、2019年11月に中国で開催されたワールドカップと合わせ「UCIワールドカップシリーズ」で2連覇を達成。
そして2022年11月、アブダビで開催された「UCIアーバンサイクリング世界選手権」では、フリースタイル・パークで、見事に世界選手権初優勝を飾りました。
圧巻のパフォーマンスで見る人を楽しませてくれる中村選手に、BMXという競技の魅力についてお話を伺いました。
BMXに乗るのが楽しかった。その楽しいことをずっと続けてきて今がある
--BMXを始めたきっかけは?
もともと父がBMXライダーでBMXショップを経営していて、そんな環境のなかで3歳から自然とBMXを始めました。毎週末、父と一緒に練習会場に行って、小学生ぐらいまでは父に教えてもらっていました。
京都で生まれ育って、子どもの頃はBMXをずっと京都で練習していましたが、当時、京都には本格的に練習できる施設がなかったので、小学校高学年のときはスケートパークのある神戸や三重まで行って練習していました。
中学生になる頃には技のレベルも上がって、もっと本格的な練習をするために、海外にも行って練習するようになりました。
大会にデビューしたのは5歳のとき。その頃はまだBMXをやっている子どもが少なく、なかには、ジュニアの部にエントリーしたのが僕だけで、出場しただけで優勝なんてこともありました(笑)。
今では全日本選手権のジュニアの部などは子どもたちが70~80人くらいが出場していて、レベルもすごいことになっています。僕が5歳のときなんて、ただただ走りまわっているだけでしたから。
--BMXをやる上でお父さんから言われたことは?
BMXは危険を伴う競技だから、「中途半端が一番危ない。やるなら100か0で行ったほうがいい」と言われたことは覚えています。
もちろん100の気持ちでトライしてケガしたこともありますが、中途半端な気持ちで技に挑んだときのほうがケガすることが多い。だからやるときはもう全力で。迷いや怖さを捨てて、挑戦しています。
100か0。演技のあとに表彰台にいるか、病院にいるか、それぐらいの気持ちで演技に臨んでいます。
--子どもの頃からプロになろうと思っていたのですか?
子どもの頃は、父の練習について行って、ちょろちょろと後ろを走るだけでしたが、とにかくBMXに乗るのが楽しくて。小学校高学年の頃、プロになりたいと思ったけれど、当時はまだ僕がやっているBMXの「パーク」や「ストリート」というジャンルではプロとしてやっている人がいなかったので、プロになるのは無理だと思っていました。
でも、中学3年生のときに何社かスポンサーについてもらえたことで、プロを意識するようになりました。海外では、BMXの「フラットランド」という競技(ハーフパイプやクォーターパイプなどのランプや、レールなどの障害物を使わずフラットなステージでフリースタイルで演技する競技)ではプロで活躍する選手がいることを知り、自分もプロでやってみたいと思いました。
そこで、BMXと学業を両立するために高校は通信制を選ぶなど、中学3年のタイミングでいろいろと決断しましたが、そのときはまだ中学生だったので、プロになる覚悟というほど深く考えず、プロが無理だったらその時点でまた次のことを考えようと思っていました。
自分が単純に好きで、かっこいいと思っているBMXを多くの人たちに知ってもらいたい
--実際にプロになったことで、心境に変化などはありましたか?
スポンサーにサポートしてもらえることでモチベーションも上がるし、海外で経験を積ませてもらうことで、経験も増えて少しずつ結果がついてくるようになりました。
BMXが好きだし、楽しい、という部分は変わらないけれど、責任感というか、その時点でまだ日本人選手がBMXで世界一にもなったことがなかったので、自分が頑張って盛り上げていきたい、という気持ちになりました。
あとは、単純に自分が好きでやっていて、やっぱりBMXが一番かっこいいと思ってやっているので、この競技を多くの人に知ってもらいたいと思いました。
--BMXが盛んな海外と発展途上の日本、どこに違いを感じますか?
海外と日本の差、一番はやっぱり環境の差。アメリカとかはBMXが身近にあって、日本でたとえるなら、代々木公園とかの中にスケートパークがあるというレベルで、思い立ったらすぐ練習したり楽しめたりする環境があるということ。
僕自身、そうした環境の差は感じていたけれど、それ(環境の違い)を言い訳にはしたくないという思いもあって、僕は今でも自分が生まれ育った京都に住んでいます。
--レベルアップするために大事なことは?
日本人は周りを気にする人が多いけれど、BMXは自分を表現する競技なので、枠からはみ出るぐらいのほうがちょうどいいと思います。もちろん周りに迷惑かけたらダメだけれど、競技のときはどんどん自分を押し出していい。自分が一番と思って上を目指していく。上を目指して挑戦しているときは、周りのことはあまり気にならないと思います。
それと、フィジカルの強さももちろん大事だけれど、BMXはやっぱり感覚の競技なので、つねに自転車(BMX)に触れているというのが大事ですね。
BMXにはいろんな技があって、誰でも得意・不得意がある。そこで、自分ができない部分を補うことも必要だけれど、自分の得意なところを伸ばすことも大事だと思います。
僕は自分でBMXをするのも好きだし、人の走りを見るのも好き。今は海外のライダーたちもSNSなどで自分の技を投稿しているので、いろんな人の走りや映像などをめちゃくちゃ見ます。そこから誰もやっていない技などの組み合わせを考えるようにしていますが、そうやって、見て研究することも大事だと思います。
誰かを目指してそれを真似るのは簡単で、追いかける立場のほうが圧倒的にラクなんです。
僕も世界で結果を残せるようになり追われる立場になったいま、日本のジュニアライダーたちに真似てもらえる存在でいられるようにさらに上を目指してやっていくし、そうやって引っ張っていくことで、日本全体のレベルを上げていきたいと考えています。
僕も世界で結果を残せるようになり追われる立場になったいま、日本のジュニアライダーたちに真似てもらえる存在でいられるようにさらに上を目指してやっていくし、そうやって引っ張っていくことで、日本全体のレベルを上げていきたいと考えています。
つねに新しいことをやるほうがモチベーションも上がるし、見ている人たちにも楽しんでもらえる
Photo @UCI
--ジャンプしたときはどれくらい高く跳んでいるのですか?
僕の場合、マックスで3mから4mぐらい跳びます。ジャンプ台の跳び出しからこの高さなので、地面からだと6mとか7m跳んでいます。時間にしたら一瞬。跳んだら次はもう着地のことを考えていますね。
--得意な技について教えてください?
僕が好きでこだわっているのは720(セブントゥエンティー)という横に2回転する技。その中でもハンドルを回したり、自転車を回したり、手を離したり、といろんなバリエーションがあります。
世界選手権で初めて僕が出したのは「720バースピントゥノーハンド」という技。これは、横に2回転回りながらハンドルを回して、そのあと両手を離すという、1回のジャンプで2回転しながらハンドルを回して、手も放して、とめっちゃ忙しい技なんです(笑)。この技はその大会で僕しかやっていなくて、こういう誰もやっていない720の組み合わせをつねに考えています。
BMXの技は自分でも考えるけれど、技と技の組み合わせなので、誰かが縦回転とか横回転とかをやっていたら、縦回転と横回転を混ぜてみようとか、ハンドルを反回ししたり、一周回したり、一周できたら二周やってみようという感じに足し算していって技のバリエーションを増やしています。
--演技する上でこだわっていることなどありますか?
新しいことに挑戦すること。大会ではもちろん順位も重要だけど、BMXは魅せる競技でもあるので、いくらすごい技でもそれを何回もやるのでは、観客も見ていてつまらないと思います。
つねに新しいことに挑戦しているほうが楽しいし、自分のモチベーションも上がる。何より見てくれているお客さんにとっても面白いと思うので、どうやったらお客さんが盛り上がるか、いろいろと構成を考えながら演技しています。
--技や練習メニューなどはご自身で考えているのですか?
特にコーチや監督のような人がいるわけではないので、今日はこういう技を練習しようとか、自分で考えてやっています。「この技を練習しなさい」と言われてやるのではなく、すべて自由。そのため逆にこうしなさいと決められてやるのは、ちょっとしんどいなと感じてしまいます。
僕の場合は、次の大会に向けてなんとなく練習スケジュールを決めてやっています。自分自身を自分で追い込むのは大変な部分もあるけれど、僕たちがやっている競技そのものが「フリースタイル(パーク)」なので、自由なところも魅力のひとつ。
練習への取り組みもそうですし、大会で着用する服装とかも決まっていません。
もちろんルールとして決められていることはあるけれど、その自由さゆえに自分の個性が出せるのがBMXの魅力だと思います。
もちろんルールとして決められていることはあるけれど、その自由さゆえに自分の個性が出せるのがBMXの魅力だと思います。
もちろん勝たなくてはいけない相手はいるけれど、 1番はやっぱり自分との戦い
--東京20202オリンピックを経験して心境に変化はありましたか?
オリンピックの数年前、15、16歳の頃は結果を残せていなかったので、ずっと「勝ちたい、勝ちたい」という気持ちがありました。
その後、少しずつ結果が出せるようになってきて、大会でもファイナルで1位になれたりしたこともあって、東京2020オリンピックのときは、勝ちたいという気持ちよりも、プレッシャーを感じて「負けたらあかん」みたいな気持ちになってしまっていました。
オリンピックが終わってから、それじゃあかんなと。勝つのと負けないのは、結果にしたら両方1位で、結果は同じだけれども、勝ちたいという攻める気持ちが大事だと改めて感じました。この経験をもとに、まだまだ攻める挑戦者の気持ちで行こうと思うようになりました。
--BMXの選手たちはよく声を掛け合っているような印象がありますが…
確かにBMXなどのアクションスポーツでは、よくある光景ですね。この前の世界選手権でも、出走前に海外の選手が「頑張れよ!」といった感じにハイタッチしに来てくれたり、演技が終わった後も声をかけに来てくれたり、こうした雰囲気がBMXの大会のすごくいいところ。
僕たちの競技「フリースタイル・パーク」は1分間走るのですが、演技の途中でも他の選手が「リム行け!」などと声をかけてくれます。サッカーとかの試合で相手の選手を応援したら「なんでやねん!」てなりますよね。でも、BMXの場合は人と人とのバトルではなく、1分の間コースにはいるのは自分一人だけ。一人ずつパフォーマンスする競技の特性上、相手にヤジをとばすこともなく、自然とみんなを応援する雰囲気が生まれるのかもしれません。
失敗して落ち込んでいる場合には、声をかける人も、そっとしておこうという人もそれぞれ。僕はそっとされるほうが寂しいので、逆にいじってくれるほうが気持ち的にはラクになるタイプです。
--技を教えあったりすることもありますか?
大会ではみんなライバルでもあるけれど、 1番はやっぱり自分との戦いなので、一緒に練習して教えあったりして、お互いを高め合っています。
僕たちの競技は人と人とのバトルではないので、結果よりもまずは自分の納得のいく走りができるかどうか。大会ではみんなのベストが出せれば、会場も盛り上がるし、そこから先、得点をつけるのはジャッジの人たちですから。
仮に僕が教えた技を相手ができるようになったら、次は自分がもっとレベルの高い技をやればいいだけのこと。でも、これぞという技は隠しておくこともあります。やっぱり大会で、誰も見たことのない、練習でも見たことのない技が決まると会場がめちゃくちゃ盛り上がりますからね。
--BMXの選手たちは自然と仲良くなるのですか?
海外の人気選手たちは、めっちゃ人あたりがいい。BMXはお客さんに見てもらう競技でエンターテイメント性が重要なので、お客さんもやっぱり魅力のある人を応援したいだろうし、そういう人たちのまわりには自然と人が集まってきます。
--ささえてもらっている人、感謝したい人は?
それはもう一人とかではないですね。もちろん、家族とかにもたくさん迷惑かけているし、スポンサーさんとか、応援してくれている人とか、みんながあって今の僕があるので。
海外の大会で優勝したとき、もちろんその場でも嬉しいけれど、日本に帰ってきて、家族や友達とご飯を食べに行って、祝ってもらうときに実感が湧いてくるんです。
海外の大会で優勝したとき、もちろんその場でも嬉しいけれど、日本に帰ってきて、家族や友達とご飯を食べに行って、祝ってもらうときに実感が湧いてくるんです。
努力して望みが叶わなかったときは、努力が足りなかっただけ。あとはどれだけ自分を信じられるか
--今後の目標について?
ずっと目指してきた世界一に、今年なれた(2022年アーバンサイクリング世界選手権 男子フリースタイル・パーク種目 優勝)ので、次はやっぱりオリンピックで結果を残す。東京で悔しい思いをしているので、その借りを返したいと思っています。
オリンピックという大舞台で結果を残すことによって、日本の BMX界が盛り上がり、BMXを知らなかった人にも興味をもってもらえると思うし、僕らの結果によって日本のBMXの未来が変わってくると思うので、全てを背負う覚悟で頑張らなあかんなと思います。
僕自身、BMXは自分が限界を感じるまではやり続けようと思っています。今は自分が勝ったり活躍したりすることで、次の世代のライダーたちに背中で見せていけたらいいなと思いますが、そこで終わったら意味ないと思うので、次の世代にしっかりと、自分ができる限りのことを教えて、日本をBMXのレベルの高い国にしていけたらと考えています。
--BMXで夢を追うライダーたちにメッセージを
一番はとにかくBMXを楽しんでほしい。僕は今こうして好きなことを仕事にできているけれど、これは僕が楽しいと思うBMXを続けてきた結果だと思うので。
BMXをやっていると、みんなができる技が自分だけできないとか、くじけそうになる場面が出てくる。僕もどちらかというと練習してすぐにできるタイプではありません。
よく「努力したら望みが叶う」と言うけれど、これだけ練習したから絶対叶うというものでもありません。だから、望みが叶わなかったときは、ただ努力が足りなかっただけ。周りの人も当然努力しているので、結局は自分がどれだけ努力できるかが大事になってくると思います。
あとは自分を信じてやっていけば、自分が思い描く夢や目標は、きっと達成できると思うので、諦めず自分を信じて続けてほしいですね。
JSPOフェアプレイニュースにも掲載
JSPOでは、全国の小中学校等に向け、フェアプレーの大切さを伝える壁新聞を発行しています。Vol.146では中村さんのフェアプレーエピソードや、子どもたちへのメッセージなどを掲載していますのでぜひ併せてご覧ください。
中村輪夢選手プロフィール
中村輪夢(なかむら・りむ)
京都府出身。2002年2月9日生まれ。
京都府出身。2002年2月9日生まれ。
BMXライダーでBMXショップを経営する父親の影響で、3歳から自然とBMXに乗り始め、5歳で大会に初出場。小学校高学年の頃にはキッズクラスにおいて全ての大会で優勝。中学生でプロ転向を果たした。
2016年:RECON TOUR 優勝 (13~15歳クラス)/PERUGIA CUP 優勝/G-Shock Real Tougness 優勝 2017年:FL BMX Series 3位/JAPAN CUP大会富山大会 優勝/UCIアーバンサイクリング世界選手権 7位/第1回全日本BMXフリースタイル・パーク選手権大会 優勝 2018年:UCIワールド杯広島大会 9位 2019年:UCIワールド杯広島大会 準優勝/X Games ミネアポリス 準優勝/第3回全日本BMXフリースタイル・パーク選手権大会 優勝/ UCIワールド杯成都大会 優勝/UCIワールド杯年間総合ランキング1位 2020年:Simple Session 優勝/2021年:東京五輪出場 2022年:全日本選手権BMXフリースタイル・パーク優勝/ UCIワールド杯パーク種目男子エリート優勝/UCIアーバンサイクリング世界選手権フリースタイル・パーク優勝