【野球・川﨑宗則さんインタビュー】「歯をくいしばるのをやめたら、野球が楽しくなってきた」

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【野球・川﨑宗則さんインタビュー】「歯をくいしばるのをやめたら、野球が楽しくなってきた」
鹿児島県立鹿児島工業高等学校からドラフト4位で福岡ダイエーホークス(現在のソフトバンクホークス)へ入団。遊撃手として約12年間プレーしたのち、夢を追ってメジャーに挑戦。40歳を迎えた今も、選手としての可能性を追求するいっぽう、野球教室やYouTubeを通じて野球の楽しさを発信し続ける川﨑選手。きっと野球をはじめた小学生の頃から「野球一筋」の生活をされてきたのでは?と思いきや、意外なエピソードをお聞きすることができました。

小学生のときは野球と空手の二刀流。小6でキャプテンになり大好きな野球にしぼった

ーー川﨑選手はどんな少年時代を過ごしていましたか?

小学校のときは地元の「重富少年野球クラブ」というチームに入っていました。月曜は休みで残り6日は練習があって、当時はどこのチームもそうだったように、監督のもとで厳しくやっていました。
僕は野球と並行して空手もやっていたのですが、小6でキャプテンになったこともあり、空手のほうをさぼるように(笑)。全国大会に出場したりと空手も頑張っていたので、父は黒帯まで取らせたかったようですが、週に両方やるのはきついと感じて大好きな野球にしぼりました。結局、空手は茶帯まででやめてしまいました。
野球に打ち込んだ結果、僕らの代は10回の優勝と、全国大会へも出場することができました。九州大会では福岡の雁ノ巣という、当時ダイエーホークスの二軍がプレーする球場で試合をしたのですが、このときはまさか6年後にここで練習することになるとは夢にも思っていませんでした。
小6のときは監督のためにも勝ちたいと思い、頑張って結果を残すことができた反面、キャプテンとして自分にも仲間にも厳しくしなければならないことがありました。競い合って勝つことは嬉しいけれど、そのためにいろんなことを犠牲にしなくてはならない。そういうことに当時の僕はもう疲れてしまいました。

ーーそれでも、野球が嫌いにはならなかったのですか?

そういったこともあって、中学校ではいったん野球を辞めてバスケットボール部に入ったんです。もともとバスケットボールも好きでしたし、練習はとても新鮮でした。ですが、すぐに野球部の監督がやってきて「なんで野球部来んね?」と、なかば強制的に野球部に入ることに。
そのときはもう厳しい環境で野球をしたくなかったし、試合にも出たくなかったので、僕は内野手なのにわざと外野手用のグローブを買っていって、中学1、2年の間はずっと外野で球拾いをしたりバット引きをしたりしていました。
ところが僕たちが中3になったとき監督が仕事の事情で練習に来られなくなり、キャプテンを中心に子どもたちだけで練習メニューを考えたり、ポジションを決めたり、すべてのことを自分たちが考えて行動するようになったんです。そして臨んだ大会でベスト4まで勝ち上がり、自分たちで考えた野球が監督のいる強豪チームと互角に戦えたことがすごく自信になって、改めて野球は面白いと思うようになりました。

ーー子どもたちだけで考えて練習する、この体験が川﨑選手を高校野球へと導いたのですね

そうですね。あのまま監督のもとで厳しくやっていたら、高校では野球部に入っていなかったと思います。当時の鹿児島工業の監督は選手の自主性を尊重してくれていたので、あれこれ言われることなく、のびのび野球をすることができました。
僕は中3で始めたバンド活動(ベース担当)を高校に入ってからもしばらく続けていたのですが、これにはさすがに監督から「そろそろ野球に本腰を入れてくれ」と言われました。
もっとも、もともと野球をするという条件で入った高校でしたから、僕も「ですよね」という感じで、バンドは辞めてそこから野球に打ち込みました。高校野球というと坊主頭で、「目指せ、甲子園!」というイメージがあると思いますが、僕の場合はまったく違いましたね。でも、真剣に野球と向き合うようになって、少しずつプロを意識するようになりました。

ドラフト4位でプロの世界へ。周りの選手たちとの圧倒的なレベルの差に、これは無理だと思った

ーー福岡ダイエーホークス(現:ソフトバンクホークス)から指名を受けたときは?

プロを意識するようになったものの、高校ではたいした成績を残していなかったので、もともとプロテストを受けるつもりでいました。テストを受けてダメだったら別の仕事に就こうと思っていたので、ドラフトで指名を受けたときは本当に驚きました。契約書にサインしたときに、はじめて親孝行できたと思いましたね。

ーー憧れていたプロ野球の世界とはどんなところでしたか?

とにかく周りの選手たちがすご過ぎて、初日の練習で自分はもうクビになると思いました。1ヵ月経った頃、このなかで一軍に上がるのは無理だと思い、親に電話して「ごめん、一軍を目指すのはあきらめた」と伝えました。基本1年契約なので残りの数ヵ月間はプロの環境を楽しもうと気持ちを切り替えたんです。
とにかく、ここには野球をするための最高の施設があって、優秀なコーチやトレーナーがいて、毎日美味しい食事が食べられる、この環境を楽しみながら自分が上手くなることをしようと思いました。
必死になって追い込むことをあきらめた。歯を食いしばることをやめたら力が抜けていいプレーができるようになり、試合でも活躍できるようになりました。

ーー試合では緊張する場面も多いと思いますが、川﨑選手がプレーで心掛けていることなどはありますか?

やっぱりプロの世界では勝ち負けはとても重要で、特に大事な試合ではプレッシャーもさらに大きくなりますが、僕自身は勝とうと思って野球をやっていません。語弊があるように思われるかもしれませんが、勝つか負けるかは試合が終わってみないと分かりません。
それよりも、自分のところにボールが来たときにいい反応ができるか、しっかりと準備ができているかが大事で、結果はその先にあるものと考えています。

これまでの経験をもとに子どもたちに伝えたいのは、楽しむこと、考えること、相手をリスペクトすること

ーー海外でも活躍された川﨑選手、日本の少年野球のレベルや環境をどう思いますか?

日本の子どもたちは基礎がしっかりしています。徹底して基礎を身につけて1点を守り切る野球、勝つための野球をしているといった印象を受けます。
勝って喜ぶことも大事ですが、勝つことを優先しすぎると、ミスした子にきつく言ったり、相手のミスを喜ぶようになったりすることがあるので、少年野球では仲間や相手をリスペクトするフェアプレーの気持ちも身につけてほしいですね。
また、少年野球では学校や公園などのグラウンドを使用しますが、そうした場所にはほとんどピッチャーマウンドがありません。投げるときに傾斜が使えずピッチャーの子は上に向かって投げることになるため、ストライクがとりにくく、肘や肩にも負担がかかってしまいます。
子どもたちがもっと野球を楽しめる環境として、簡易的なものでもいいので、マウンドがある環境を増やしていけたらと思っています。

ーー川﨑選手の野球教室では子どもたちの笑顔が印象的ですが

子どもたちと野球をする際に心掛けているのは、「子どもたちといい時間を、楽しい時間を一緒に過ごすこと」です。だから、僕の野球教室では必ず試合をします。僕が投げて子どもたちが打つ。子どもたちが「ムネリン」に集中するのではなく、自分自身に集中して楽しい時間を過ごしてほしいと思っています。
そのため、基礎練習ももちろん大事ですが、まずは1つのアウトをとるよりも、その子の感性を伸ばしてあげたい。エラーしたっていいんですよ。
僕は子どもたちによく「プロ野球選手になったつもりでプレーしてごらん」と言っていますが、子どもながらの無邪気さとか大胆さを大事にしてあげたいと考えています。いずれ中学、高校、大学、プロと段階が進むにつれて1つのアウトの大事さというのは自然と覚えていくものですから。
僕の野球教室では「楽しむ」以外にも、「考える」ことの大切さを子どもたちに伝えています。野球が上手くなるためにも考えることは大切ですし、僕らが中学生のときに経験したように、考えて行動することで野球が楽しくなると思います。
また、考えることは社会に出ても大いに役立ちます。相手の気持ちを考える、指示待ちではなく自分から考えて行動する、こうしたことを子どものうちから学べるというのがスポーツのいいところではないでしょうか。

野球やその他のスポーツに打ち込んでいる子どもたちに、川﨑選手からメッセージをお願いします

僕自身が野球以外にも空手やバスケットボール、音楽活動などいろんなことに興味があったように、子どもの頃から自分のやりたいことにどんどん挑戦してほしいですね。自分の可能性を信じて、人生を楽しんでほしい。僕の野球教室で一緒に野球をした子どもたちが、将来プロ野球選手を目指してくれたら嬉しいですが、もちろん違う道に進んだとしても、その子が幸せになってくれることがいちばん。人生を楽しむ1つの術として野球や他のスポーツにも取り組んでほしいと思います。

川﨑宗則氏プロフィール

鹿児島県立鹿児島工業高等学校から福岡ダイエーホークスへ入団(2000年)。遊撃手として活躍し、首位打者(2006年)やベストナイン・ゴールデングラブ賞などを獲得。2006年に開催されたワールド・ベースボール・クラシックでは日本代表に選出され、優勝に大きく貢献。2012年、活躍の舞台をメジャーに移し、シアトル・マリナーズ、トロント・ブルージェイズ、シカゴ・カブスでプレー。その後、再び福岡ソフトバンクホークス、味全ドラゴンズ、栃木ゴールデンブレーブスなどでプレーするいっぽう、野球教室やYouTubeを通じて野球の楽しさを発信し続けている。
少年野球をはじめとする日々のスポーツ活動のほか、文化・学習活動や社会活動などを展開するスポーツ少年団のページはこちら。
スポーツ少年団:https://www.japan-sports.or.jp/club/tabid66.html