【体操・村上茉愛さんインタビュー 前編】自身の経験と「公認スポーツ指導者資格」での学びを活かして、選手たちの背中を押してあげられる存在になりたい。

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【体操・村上茉愛さんインタビュー 前編】自身の経験と「公認スポーツ指導者資格」での学びを活かして、選手たちの背中を押してあげられる存在になりたい。
4歳で体操競技を始め、中学2年の時に全日本選手権で優勝。高校2年で世界選手権日本代表に選出された村上茉愛(むらかみ まい)さん。2021年の東京2020オリンピックでは女子種目別ゆかで3位となり、体操女子個人で日本史上初のメダルを獲得するなど、長年トップアスリートとして活躍されてきました。
2021年10月に現役を引退された村上さんは、2022年にJSPO公認スポーツ指導者資格の「公認体操競技コーチ3(※)」講習会を受講し、資格を取得。その経験を活かして、現在、母校である日本体育大学で後進の指導にあたられています。
今回、元トップアスリートと指導者、2つの視点を持つ村上さんに、「公認スポーツ指導者資格」の意義や、自身が目指す指導者像などをお聞きしました。
※「公認コーチ3」とは、トップリーグ・実業団等でのコーチングスタッフとして、全国大会および各地域ブロックレベルのプレーヤー・チームに対して競技力向上を目的としたコーチングを行う方のための資格です。
▶詳細はJSPOのHP内「コーチ3」ページをご覧ください

後輩たちに自分がやってきた経験を伝えるべき任務がある、と思ったことがきっかけでした。

--指導者を目指そうと思われたのはいつ頃ですか?

指導者を意識し始めたのは2020年頃から。世の中がコロナ禍となり、今までとは全く違う生活になって、引退も考えましたが、オリンピックでメダルを獲るという目標がありましたし、やめたらきっと後悔するだろうなと思ったので、東京2020オリンピックまでは競技を続けようと思いました。世界選手権やオリンピックで日本の体操女子がメダルを獲る機会があまりなく、ここはもう世代交代して、自分がやってきた経験を後輩たちに伝えるべきなのではと、ふと思ったことが指導者を目指すきっかけでした。

--指導者への決意が固まったのは?

指導者になることを意識し始めてからも、1年半ぐらいはあやふやな気持ちでした。そして、自分が東京2020オリンピックでメダルを獲ったときに、この経験は(日本の体操女子では)私しかしていない。私しか分からないこの経験を後輩たちに、未来の選手たちに伝えていきたいと思いました。
東京2020オリンピックの後におこなわれた2021年10月の世界選手権でもメダルが獲れたこともあって、次の自分のステップとして、指導者というセカンドキャリアに進む覚悟が決まりました。

--JSPO公認スポーツ指導者資格を取得された経緯などについてお聞かせください。

これまでの自分の経験をもとに選手たちを教えることはできますが、指導の現場では実際に新しい知識など情報をどんどん更新していかなければなりません。つねに新しい知識と自分の経験をマッチさせていろいろなものを編み出していく、そういったチャレンジをするには学び続ける機会を設けなければと思い、受講することにしました。

また、体操競技の全日本クラスの試合や、国民スポーツ大会など、試合中、競技エリア内に入って選手に直接指導する人は、「公認体操競技コーチ3」資格以上を取得しなければなりません。そういったこともあり、引退した次の年に講習会を受講しました。

--実際に学んでみていかがだったでしょうか?(特に村上さんが受講された共通科目講習について)

一番は今もそうですが、自分の頭にある感覚を言語化するのがすごく難しくて、自分のなかで言語化できても、相手にうまく伝わるときとうまくいかないときがあります。そうしたときに、どうすれば相手に分かりやすくストレートに伝えられるのか…。
そういった悩みや、コミュニケーション能力の必要性を感じていました。講習では、コミュニケーションの取り方や、相手との会話を一言で終わらせない、言葉のラリーを続けて相手の本心を引き出す方法などを学ぶいい機会になりました。
特に、他の競技の指導者の方たちと触れ合えたのは、とてもいい経験となりました。私自身、今は大学生を見ていますが、今後はジュニア層の強化育成をしていく年代を見ることになると思うので、ジュニアの指導をされている人たちに「子どもたちにどのように声かけをしていますか?」と、実際に感じていたことをお聞きすることができました。
もともと自分は1つのものに対してあまり疑問とかが浮かばないタイプなのですが、そうやって相手と話していくことで、いろんなことに対して疑問が浮かぶようになったというか、いろいろなことが想像できるようになりました。
これは1つ進歩した部分で、その想像や疑問を増やしていくことで、さらにいろんな方向から物事が見えてくると思います。講習では、パッと思いついたものを紙にいっぱい書いて貼り出し、端(はた)から見て分析するといった時間もあって、すごくためになりました。
相手とのコミュニケーションの取り方などを学べたことは、すごく良かったと思います。
コーチ3共通科目集合講習会に参加された際の集合写真(中段に村上さん)
コーチ3集合講習基本日程

「プレーヤーズセンタード」で大切なのは対話。選手と言葉のラリーが続くようにして、選手の意見や意思を導き出していくことを心がけています。

--「プレーヤーズセンタード(※)」という考え方に出会って、どのように感じられましたか?

体操競技の指導は結構特殊で、1つの技に対して「今のはこうだったよ」とか「つま先を伸ばして」とか、一言で終わってしまうことが多いんです。選手の話を聞く機会は、自分から作り出さない限りはないので、何かあれば練習後に選手に声をかけて話を聞くようにしています。
こちらが提示したものに対して選手がどう思っているか。私自身、選手がやりたいことを優先したいと常に思っているので、選手の意見と自分の提示する練習方法をすり合わせて、より良い方向になっていくように、できるだけ話す機会は多くしています。選手を主体とした練習を目指しながらも、選手にとっていい方向に導いていけるように、背中を押してあげるような指導を心がけていきたいなと思っています。
※「プレーヤーズセンタード」
プレーヤーを取り巻くアントラージュ(プレーヤーを支援する関係者)自身も、それぞれのWell-being(良好・幸福な状態)を目指しながら、プレーヤーをサポートしていくという考え方。
▶詳細はJSPOのHP内「日本スポーツ協会公認スポーツ指導者概要」ページをご覧ください。

--現在の指導現場で「プレーヤーズセンタード」という考え方は浸透されていますか?

自分の高校生時代を振り返ってみると、当時の練習はとにかく指導者に言われたことだけをやるという感じでした。これも一つの方法として、間違いではないと思いますが、当時は「自分がどんな練習をしたいのか」とか「何をしたほうが強くなる」という考えは思い浮かびませんでした。
指導者として「プレーヤーズセンタード」について学び、今は選手たちに対して、まず自分自身の意思を導き出してあげられるように、選手たちの意見を多く取り入れるようにしています。一方で、強くするためにすべきことも意識しながらやっているので、すべてが選手の希望通りというわけではありませんが、なるべく選手の意見は否定しないように心がけています。

--ご自身で特に「プレーヤーズセンタード」を意識して指導や行動している点はありますか?

バク転を指導する際でも、膝が曲がっていたら「膝が曲がっているよ」と指摘すれば済んでしまいますが、「最近どう?」と声かけしたり、痛そうにしている選手がいれば「どうしたの?」と聞いてみたり。できるだけ、オープンクエスチョンで言葉のラリーが続くようにして、選手の意見や意思を導き出していくことを心がけています。
また、指導者側から選手に対して“こういう練習をやってほしい”と言うとき、どうしても命令のように思われてしまうこともあるので、なるべく質問や提案でヒントを与えて、なおかつ選手の意見もしっかり聴くということを意識しています。

--「プレーヤーズセンタード」を実現するためのアプローチの一つとして「TELL(指示)」「SELL(提案)」「ASK(質問)」「DELEGATE(委譲)」による手法がありますが、どのように意識し、活用されていますか?

基本的には提案や質問を多く使っています。例えば(選手の)背中を押してあげるときに「やりなさい」という命令ではなくて、“こうしたらこういういいことがあるよ”とか“これだったらちょっとここ怪我しそうだからやめとこうか”っていう、このメリットデメリットをちゃんと言葉のなかで言うようにして、私だったらこうだけど、その選手(に)「あなただったらどうする?」と質問もしながら選手たちに判断させる(委譲する)ことを心がけていくようになると、選手も選択肢が増えると思います。
また、そういった投げかけをするようにすると、「私こうしたいんですけどどう思いますか?」と主体的に聞いてきてくれたりもするので、基本的には質問や提案でヒントをあげたり、ヒントを与える、与え続けるのが指導者の役目だと思います。ですから、そこを積極的にやるようにしています。

--そういった指導を受けているプレーヤーに何か変化は生じましたか?

わかりやすい例で言うと、人見知りが軽くなったみたいなことは多くあります。選手たちとある程度一緒にいると選手の性格などもわかってきますが、日が浅い新入生たちは私に何か聞きたいことがあっても「聞いちゃいけないのかな…」と思うことが多かったようです。
こちらから選手たちに声かけをすることで、選手たちも私に「聞いてみよう」という意識に変わってきて、話しやすい環境がつくれたことが嬉しいですね。

みんなにとっての「Well-being」は、競技としても生活においても、それが楽しくて、幸せと思える状態。

--「Well-being」という考え方はご存知でしたか?

講習を受けるまで言葉も知りませんでした。指導者として選手の幸せを考えることはありますが、指導者としての自分について考えることは少なかったなと思いました。いろんな人たちの「Well-being(良好・幸福な状態)」について知ることができて良かったと思います。

--プレーヤーにとっての「Well-being」とはどういったものだとお考えですか?

これは私だけの意見ではありませんが、まずは「体操をやっていて楽しいか?幸せか?」というのが、やっぱり原点であると思っています。私自身、辛い、やめたいと思ったこともありますが、それでも続けてきたのはやっぱり体操が好きで楽しいから。
選手が楽しくない状況で体操やスポーツをやるのは良いことではありません。選手のいる環境が、幸せな場所であることが一番。選手にとって、競技のレベルとかではなく、自分のスポーツと自分の生活、人生が後悔のないものに繋がっていくことが幸せでもあると思う。体操選手として体操が楽しくて好きでやれている状況が一番なのかなと思っています。

--次に指導者にとっての「Well-being」とはどういったものだとお考えですか?

アスリートから指導者となって、より自分の人生について考える機会が多くなりました。指導者講習会の共通科目で、家族の時間を削ってまで指導にのめり込んで家族が崩壊してしまうというエピソードを紹介されたときに、指導だけが全てではないというか、自分の人生も大切にしたいと思いました。
もちろん、指導が楽しくて、選手に伝えたいという思いでやっていたとしても、自分のプライベートまで削ってしまうと、自分のメンタルというか、それはアスリートも指導者も一緒だと思いますが、そこのバランスをしっかり考えて、人生として「まず楽しいこと、幸せなことと思える」「体操の指導をしていることが自分にとってプラスになっている」という環境にいることが指導者にとっての幸せなのかなと思います。

--次に、体操界、スポーツ界に関わる方が「Well-being」になるためにはどういった取り組みが必要だとお考えですか?

スポーツはテレビで見る機会はもちろん、実際に会場に足を運んで見に行くことも多いと思うので、より身近に感じてもらえるような活動(声がけなど)をしていくことで、応援してくださる方も一緒に盛り上がって楽しめる仕組みづくりができるといいと思います。
各地のイベントや大会などを通じて、「感動しました」「応援しています」「来てくれて嬉しいです」と言ってもらえる機会も増えているので、そういったスポーツと地域社会を融合させる取り組みにも、今後は挑戦していきたいなと思っています。

--スポーツを通じた「Well-being」が広がっていくと社会はどのように変わっていくと思いますか?

まず、「スポーツ」という言葉を聞くと、アスリートのようにスポーツをやらなきゃいけないとか、体操で言えばバク転や2回宙返りをするようなイメージをお持ちの方が多いと思いますが、体を動かすこと自体がスポーツであることを知ってほしいですね。
馴染みのない人にとっては、スポーツは自分とはすごくかけ離れたもののように感じてしまうかもしれませんが、より身近なものであることを伝えていくと、いろんな人がスポーツと触れ合う機会が多くなってスポーツ界も盛り上がるし、スポーツをすることで健康な人も増えて、社会的にも相乗効果が生まれると思います。

--公認スポーツ指導者資格取得も含め、「学ぶ」ことの楽しさや大切さについてお聞かせください。

私は対面形式の講習会を受講しましたが、対面でやってよかったと思いました。相手との温度感とか、対面で会うとその人の熱意だったり感情だったり、その空気感が全然違います。オンラインで顔が見えていたとしても、自分が入りきれないというか、どこか現実的に考えられないように思えてしまって。
対面だと実際に、相手の楽しかった出来事であれば楽しい感情は感じられるし、すごく辛かった出来事であれば乗り越えるのに大変だったっていう感情も伝わる。この感じ取れるというのが対面のメリットで、相手の意思だったり理解しようとする気持ちだったり、自分のためにしようと思える気持ちは、対面だからこそ学べるものなのかなと思いました。
自分の意見や考えが間違っていないかと、常にネガティブに考えがちだったのですが、その答え合わせや、考えを更新していくいい機会になるので、そういったことも学ぶことのメリットであると思います。
指導についての学びも大切ですし、相手の意見をしっかりと聞く機会、いろんな人とコミュニケーションを取れるいい機会でもあり、実践で活かせるように、学ぶことでいろんなことを理解できるようになります。
学校の勉強という感じではなく、実際に自分たちの仕事や現場をどうやっていくかという感じで、想像より楽しかったので、今後も学ぶ機会を持てればと思います。

インタビューの様子を動画でもご覧いただけます。

後編に続く

▶後編では「考え方を改めなさい」村上さんを変えた瀬尾監督の一言や、村上さんが目指す指導者像、プレーヤーから見た村上コーチなどをご紹介します。

【村上茉愛さんプロフィール】

1996年生まれ。4歳で体操を始め、中学2年の時に、全日本選手権で優勝。高校2年で世界選手権日本代表に選出され、種目別ゆかで4位入賞。リオ2016オリンピックでは団体総合で4位入賞を果たし、翌17年、世界選手権種目別ゆかで優勝。2021年の東京2020オリンピックでは女子種目別ゆかで3位。体操女子個人で日本史上初のメダルを獲得。同年10月に現役引退を発表した。現在は母校・日本体育大学で指導者を務める。
※記事内に登場される人物の所属や肩書は取材当時(2024年3月時点)のものです。