スポーツの原点は「楽しむこと」。指導者は学びを通じてプレーヤーと一緒に楽しめる環境づくりを。

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スポーツの原点は「楽しむこと」。指導者は学びを通じてプレーヤーと一緒に楽しめる環境づくりを。
スポーツ指導において選手に対するハラスメントはどうして起きるのか?日本スポーツ協会(JSPO)常務理事であり指導者育成委員会の委員長や処分審査会の座長として、さらに日本女子体育大学准教授として日々「スポーツ指導の問題」と向き合うヨーコ ゼッターランド委員長。
プレーヤーと指導者、双方の立場を知るゼッターランド委員長に、自身の経験も踏まえてこれからの指導者に求められることについてお聞きしました。

ハラスメントの被害者と加害者、上達したい(上達させたい)という思いは一緒のはずなのに…

--スポーツの現場で起こる暴力・暴言といったハラスメントについてどのようにお考えになりますか?

本来、楽しいはずのスポーツでそうした問題が起きてしまうのはとても残念なことです。スポーツをする楽しさはもちろん、身体を動かすことで得られる喜びや、仲間とともに1つの目標に向かいそれを達成できたときの喜びなど、スポーツには特有の喜びや楽しさがあり、それが一番であるはずです。
しかし、暴力・暴言などの不適切な行為を行った指導者を審理し処分内容を決定する処分審査会では、それとは程遠いマイナスの声が聞こえてきます。

--プレーヤーに対するハラスメントはどうして起こるのでしょうか?

プレーヤーがおかれている「環境」として、昔からある師弟関係のような教える側と教わる側という上下の力関係が大きいと考えます。
根底にある思いとして、指導者は「チーム力を伸ばしたい」「プレーヤーを上達させたい」、プレーヤーや保護者は「上手くなりたい」「上手になってほしい」という共通のものであるにもかかわらず、上下の力関係の歪みからくる、指導者による選択ミスでハラスメントが起きてしまうことはとても残念なことです。
チームやプレーヤーの競技レベルにかかわらず、プレーヤーが望む一番いいところを目指していこうと目標を掲げ、そのプロセスを辿っていくことや、まだプレーヤーが見たことのない高みへ導こうとすることはとても素晴らしいことですが、その過程で絶対に暴力や暴言などがあってはいけないと思います。

どうしていいかわからないことは、学びによって解決の糸口を見つけることができる

--スポーツ指導の現場には他にどのような問題がありますか?

ハラスメントの被害はプレーヤーがおかれている「環境」が大きく影響するとお話ししましたが、指導者自身を取り巻く「環境」もとても重要なポイントとなります。
たとえば、指導者は一生懸命やっているのにチームの中で孤立してしまっていて、もうどうにもならない状況に陥っているというケースも少なくありません。

--そうならないために、どうすればいいのでしょうか?

その場合、指導者自身が学びを得て、豊富な知識や技能を身につけることと、その過程で得る指導者同士のネットワークが重要となります。たとえば、自分の専門外の技術的な指導を求められたときに、「困った」とうつむいてしまうのか、あるいは「自分の専門外だから詳しい指導者にお願いしよう」と前向きにとらえることができるか、解決策も大きく変わってきます。
学ぶ機会がなければこうした発想も浮かんでこないと思うので、学び続けることは指導者にとってすごく大事なことだと考えます。

--その学びの場として「公認スポーツ指導者」資格があるというわけですね?

はい、人々がスポーツをするうえで、それぞれのレベルや要望などに応じて「安全に、正しく、楽しく」指導できる指導者の存在が必要となります。
JSPOでは、地域のスポーツクラブやスポーツ少年団、学校運動部活動などの指導者から、トップリーグのコーチングスタッフに取得いただく競技別指導者資格に加え、メディカル・コンディショニング資格など、実に幅広い領域において「公認スポーツ指導者」として育成しています。
公認スポーツ指導者として必要な資質能力を修得させるためのカリキュラムの受講を通じて、指導者として必要な知識を身につけ、スキルを高めることで、指導する喜びを感じていただけたらと思っております。

型にはめ込むのではなく、場面ごとにプレーヤーが置かれた状況を考える

--実際に指導する際、指導者はどういったところに気をつけるべきでしょうか?

指導に関する知識を得ることはとても大切なことですが、指導者自身やプレーヤーの一人ひとりに性格があるように、指導法も合う、合わないがあります。
たとえば、悩んでいるプレーヤーに対する指導において、指導者としてのアプローチの仕方だけでも、プレーヤーに寄り添うのか、あるいは引っ張っていくのか、後ろから押していくのかといったような選択肢があります。
さらに、内容の伝え方も声のトーンや言い回し、使う言葉によって選択肢は無限です。このように、型にはめ込むのではなく、プレーヤーの性格や状況に応じて指導法を変えることが大切だと思います。

--プレーヤーに応じた指導を実践する上で大切なことは?

JSPOでは、教える側と教わる側という上下の力関係が固定された状態ではなく、プレーヤーを中心に、プレーヤーを取り巻くアントラージュ自身もそれぞれのWell-being(良好・幸福な状態)を目指しながらプレーヤーをサポートする「プレーヤーズセンタード」という考え方を提唱しています。
一人ひとりのプレーヤーに応じたコーチング、つまりプレーヤーズセンタードな指導を実践する上で特に重要なのが、プレーヤーがおかれている状況と、そこに至る背景に目を向けるということです。
そして、プレーヤーごとに異なる状況や背景などに応じて、指導法(アプローチの方法)を使い分ける必要があります。JSPOでは、具体的なアプローチの手法として、TELL(指示)、SELL(提案)、ASK(質問)、DELEGATE(委譲)というものを推奨しています。
指示するだけではなく、どうしてそうなったのか質問をしたり、時にはプレーヤーに判断を任せたりするなど、プレーヤーがおかれている状況に応じて、さまざまなアプローチを使い分けられるよう、指導者には技術指導以外に「人間力」が求められてきます。
JSPOが考える、新しい時代にふさわしいコーチング像については、こちらの記事でも紹介しています。

人生の一部として、スポーツをしていてよかったと思える指導を

--いい指導者に出会うことはその後の人生に大きな影響をもたらすこともあると思いますが?

そうですね、そういった指導者に巡り合えた方は、自分がおこなっていたスポーツをより好きになったり、自分も指導者を目指すきっかけになったりすることがあります。
また、いくつになってもその指導者から指導された内容や経験から学びを得ることができるような、人生の師とも呼べる人の存在は、人生にプラスの体験を与えてくれます。
指導者によって、プラスの体験をするか、マイナスの体験をするか、その振り幅はとても大きいと思います。

--指導者を目指す人はプラスの体験をされた人が多いのでしょうか?

私は現在、教員を目指す大学生の育成にも携わっていますが、教員を目指す理由として「部活動の顧問になりたい」という学生が結構います。そこで興味深いのは、いい先生に指導してもらったから自分も良き指導者になりたい学生と、自分の望まない指導を嫌々受けてきたことを反面教師として自分は良き指導者になりたい学生の両者がいるということです。
体験してきたことは違ってもどちらも望ましい指導者を目指すという点においては同じですが、やはり、人生の一部としてスポーツをしていてよかったと思えるようなプラスの体験であってほしいと思います。

指導者はささえる立場として、一緒にスポーツを楽しむ

--指導者はプレーヤーのために尽くすという考え方もあるようですが?

プレーヤーズセンタードを構図にすると、プレーヤーが真ん中にいて、指導者はそのプレーヤーを取り巻く一部として存在しています。
いっぽう、すべてにおいてプレーヤーを最優先する「プレーヤーズファースト」や「アスリートファースト」といった考え方もあるようですが、JSPOが考えているところ、目指していることは、指導者も、プレーヤーと一緒にスポーツを楽しむ、プレーヤーの成長を楽しむということ。
そうした意味でも、やはり「プレーヤーズセンタード」という考え方になってくるのだと思います。

--指導者としての楽しみや喜びはどんなところにあると思いますか?

スポーツの原点は「楽しむこと」にあります。指導することもスポーツの一部ですから、指導することを楽しみ、指導者も一緒になってスポーツを楽しむことが大切です。
実際に指導をするなかで、いいプレーが生まれたり、プレーヤーの成長を感じたり、キラッと輝く瞬間に立ち会うことが多々ありますが、そうした「喜びの宝石」を見つけることが、指導者として最高のやりがいであり喜びであると思います。
指導者の皆さんには、ぜひ多くの「喜びの宝石」を見つけていただければと思います。
▼「プレーヤーズセンタード」に関する記事は、JSPO HPからもご覧いただけます。
https://www.japan-sports.or.jp/coach/tabid58.html

画面遷移後【特別公開】Sport Japan第56号特集『JSPOはなぜ「プレーヤーズセンタード」を提唱するのか』をご覧ください。

ヨーコ ゼッターランド

日本スポーツ協会常務理事・指導者育成委員会委員長、日本女子体育大学体育学部健康スポーツ学科准教授。
1969年生まれ、米国出身。6歳から日本で育ち、中学、高校とバレーボールの全国大会や世界ジュニア選手権で活躍。早稲田大学では関東大学リーグ6部から2部優勝へと導く。その後渡米し、米国代表としてバルセロナオリンピックで銅メダルを獲得。2013年から4年間、嘉悦大学女子バレーボール部監督を務める。’19年から日本女子体育大学准教授。日本スポーツ協会公認バレーボールコーチ3