【スキーモ 上田絢加選手インタビュー】スポーツの成功経験のない私が活躍できたならば、それは私にしか伝えられないメッセージとなる。

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【スキーモ 上田絢加選手インタビュー】スポーツの成功経験のない私が活躍できたならば、それは私にしか伝えられないメッセージとなる。
ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックの新種目として追加されたスキーモ(山岳スキー)。まだまだ日本では馴染みが少ないこの競技に数年前から挑み続ける女性アスリートがいます。上田絢加(うえだ・あやか)選手。
大学在学中にランニングに親しみ、社会人になってからスカイランニングを始めたことでスキーモに出会い、夏場はスカイランニングやトレイルラン、冬場はスキーモの選手として活躍されています。
多くのアスリートが10代から本格的に競技に参戦するなか、上田選手が競技に出場するようになったのは、わずか数年前のこと。企業の社員からスキーモのトップランナーヘ転身した上田選手に、スキーモの魅力などをお聞きしました。
※このインタビューは2025年11月に行いました。

スキーモは、山や自然が大好きという気持ちと、大好きな体を動かすことが融合したスポーツなんです。

--スキーモを始めたきっかけは?
もともと体を動かしたり走ることが大好きだったので、中学(800m)高校(400mハードル)と陸上部に所属して、大学時代は趣味でランニングをしてロードを100km走るウルトラマラソンにも出場しました。
スキーモを始めたきっかけは、社会人になって友人に「山を走る練習会に行こう」と誘われてスカイランニングと出会い、そのときに星野コーチ(現・プライベートコーチ)から「日本代表を目指してみない?」と誘われて。そこで、まずはスカイランニングに本格的に取り組み始めて、その冬場のトレーニングとしてスキーモを取り入れたという感じです。
--高校で400mハードルをされたり、その後もキツイ系の競技をされていますが…
本当は中学でも球技をやろうと思ってバレーボール部に体験入部に行ったのですが、サーブを打ったらボールが後ろに飛んでしまい、これはダメだと(笑)。それで陸上部に入って中学では800mをしていました。高校では顧問の先生に、「400mハードルは高校から始める人が多いから、体力面だけではなく技術面も頑張って練習すればカバーできる」と言われて、種目転向しました。キツイ競技を意識してやろうとしたわけではありませんが、結果そっちに引き寄せられていますね(笑)。
--他にはどんなスポーツをされていましたか?
3歳頃から14歳くらいまでスイミングスクールに通い、その間、トランポリンも3年くらいやっていました。水泳は長く続けましたが選手クラスなどには入りませんでしたが、泳ぐことはすごく好きだったので週3回くらい通っていました。
子どもの頃は、ゲームをしたり漫画を読んだりした記憶があまりなく、虫網を持って外を走り回るようなタイプ。スポーツ以外にもピアノ、エレクトーン、そろばん、アトリエ教室と、私が興味を持つことはなんでもやらせてもらい、日曜日以外は毎日習い事をしていた時期もありました。
また、両親がスキー部の出身だったこともあって、週末は大阪から長野県のスキー場にもよく行きました。そのためスキーは楽しいという感覚があったので、スキーモにもなじみやすかったですね。
--上田選手にとってスキーモの魅力とは?
もちろん競技が好きということもありますが、本当に山や自然が大好きという気持ちがベースにあって、私にとってスキーモは、山や自然が大好きという気持ちと、大好きな体を動かすことを融合させたスポーツなんです。
登山にはさまざまな楽しみ方があると思いますが、私は山頂を目指すのが好きで、集中して山を駆け上がり、山頂に着いたときに爽快感を感じられるのがスカイランニングやスキーモの魅力だと思っています。

レース中、板を履いたり、外してバックパックに装着したりすることから、スキーモは雪上のF1とも呼ばれています。

--スキーモとはどんな競技なのでしょうか?
ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックにおけるスキーモは、「スプリント」と「混合リレー」の2種目です。
簡単に言うと、山を登って下ってタイムを競います。例えば、スプリント種目ではまずスキーの滑走面に滑り止め(クライミングスキン)をつけてスキーを履いたまま登ります。1つ目の道具の操作がおこなわれるエリア(トランジットゾーン)に着いたらスキーを外してバックパックに装着し、スキーブーツで駆け上がります。2つ目のトランジットゾーンではまたスキーを履いて登り、コースの最高地点にある3つ目のトランジットゾーンに到着したら今度はブーツとスキー板を滑走モードに変更し、スキーの滑走面についたクライミングスキンを剥がして滑走します。
すごく要素がたくさんある競技で、途中ピットインして道具を操作するところから「雪上のF1」といった呼ばれ方もしています。勝負のポイントとして、登りも下りも重要ですが、この道具の操作でミスをしてしまうと順位が大きく変動するあたりもこの競技の見どころです。
--スキーモの「スプリント」はどんな種目なのですか?
「スプリント」はスタートからゴールまで時間にして3~4分。陸上で言うと1500mのような種目で、さすがにこのときは景色を楽しむ余裕はまったくありません。
レース前にインスペクションといってコースの下見をするのですが、そのときに、コースの状況を確認したり、途中で道具を操作するトランジットゾーンがどんな状態か、傾斜があると操作しにくいためできるだけ平らなところを探したり、下りでは旗門をオーバーしないように理想的なラインを考えてレースに臨みます。
コースの斜度はだいたい20~30°で、大会によっては山の中のようなコースもありますし、アルペンスキーのような斜度のきついバーンを使うこともあって、コースはレースによってさまざまです。
他には、マラソンみたいに山をどんどん縦走していく「インディビジュアル」という種目もあって、いろんな楽しみ方があるところもスキーモの魅力と言えます。
--スキーモとの出会いについて詳しく教えてください。
社会人2年目の頃に、友人に誘われてスカイランニングの講習会で筑波山に行ったのですが、その日は珍しく結構雪が積もった日でした。私は雪で何度も転びながらも猛スピードでついて行ったのですが、そのときの講師が星野コーチで、なかなか女性でこういうタイプはいないなと思ったそうです。
私がスキーの経験もあったことから「スキーモをやってみようよ」と誘ってもらいました。最初スキーモと聞いたとき、スキーはわかるけれど、「モ」ってなんやねんて(笑)。
尋ねたら「モ」はマウンテニアリング(登山)の頭文字であるMO、つまりスキー登山のことで、直感的に楽しいんだろうなと思い、その場で「やります!」と即答しました。
--実際にスキーモをされたときの印象は?
当然最初は練習会とかに誘ってもらえるものだと思っていたのですが、いきなり大会に誘われて。スタートの10分前くらいに道具の操作を教わって、「行ってこい!」みたいなかなり強引なデビューでしたが、大好きな大自然のなかでスキーで登って下って…「この競技は私に合っているかも」と感じ、夏はスカイランニングやトレイルランニングをして、冬はスキーモをすれば一年中、山で過ごせるなと思いました。

きれいな景色を前に「きれい」と思えないなら、スキーモをやる資格はない!

--どんな方がスキーモに向いていると思われますか?
やっぱり山でおこなうスポーツなので自然が好きという気持ちがある人に向いていると言えます。自然の中に入るとどうしても自分ではコントロールできない要素が出てくるため、そこでしっかり対応できる広い気持ちを持つことを心がけています。例えば、天気が荒れてきたら今日やるはずだった練習を次の日に移したり、自然が相手のスポーツではそのような割り切りも大切です。

スキーモの選手たちは、日本の選手の場合、クロスカントリースキー出身の選手もいたり、私のようにスカイランニングやトレイルランニングなどと並行してスキーモをしている選手もいたりさまざまです。スキーモ発祥の地として競技人口も多いヨーロッパでは、アルペンスキー出身の選手が多く、北欧はクロスカントリーをベースに持つ選手が多いように思います。また、なかには現役のロードバイクの選手もいたりします。
--スキーモのレースなどでフェアプレーを感じることはありますか?
海外のレースに出場すると、選手たちの振る舞いに日本との違いを感じることがあります。特にヨーロッパの選手たちは、レース後、自分の結果がどうであれ優勝した選手をハグしたり、笑顔で“おめでとう!”と称えるいい雰囲気があります。ゴールした瞬間に勝者をたたえる行動は見ていて感動するし、私もこうありたいなと思います。
--コーチから言われた言葉のなかで印象に残っている言葉は?
2024年にオーストリアのヒンタートゥクスという標高約3000mの氷河で練習していたのですが、そのときに気持ちを追い込み過ぎて、練習のことで頭がいっぱいいっぱいになってしまっていて、山を登りながら星野コーチが「すごく景色がきれいだね」と言ってくれたのですが、私はその景色を見ずにぼそっと吐き捨てるように「そうですね」と言ってしまったんです。
そのときに「こんなきれいな景色をきれいと思えないならこのスポーツをやめてしまえ!」とものすごく怒られたことが、今でもとても印象に残っています。
私がスキーモを続ける理由は、もちろん勝つこともそうですが、その前に自然と向き合って、雄大な景色をきれいと思える心や、自然を好きという気持ちがあってこそのもの。それを思い出させてくれたこの言葉は今でも度々思い出します。

色々な方との出会いやささえがあって今の私がある。特にコーチには私の可能性を大きく広げてもらいました。

--スキーモがオリンピック種目になったときのお気持ちは?
まったくの他人事でした(笑)。というのも以前会社勤めをしていたときは、夏場のスカイランニングやトレイルランニングがメインで、そのためオフシーズンのトレーニングとしてスキーモをしていたくらいの感じでしたから。さすがにそのような環境でオリンピックは目指せないと理解していましたし、オリンピックに目を向けないようにしていたと言ったほうが近いかもしれません。
--上田選手の気持ちにどこでスイッチが入ったのでしょうか?
そうは言ったもののずっとモヤモヤしていて、このチャンスにチャレンジしなければ一生後悔するんじゃないかという気持ちがあって、このままダラダラしていても意味がないし、“やらない後悔よりやった後悔のほうが絶対にいい”と、環境を変える決断をしました。

当時は酒類・飲料メーカーに勤めていて、退社する直前は広報部にいました。そこで作り手さんたちへの取材に同席する機会が重なった時期があり、モノづくりなどについてお話を聞くなかで、私はここまで真剣に心からやりたいことに向き合えているだろうかと考えたことも決断の理由のひとつです。

会社を辞める3、4年前までは、スキーモの活動場所が群馬県のスキー場だったので、東京のオフィスで月曜日から金曜日まで働いて金曜日の夜に電車で仕事をしながら群馬県に向かい、土日にトレーニングをして、月曜日の始発で群馬県から出社するという生活をしていました。

現在は生活拠点を群馬県前橋市に移し、専門学校の中央カレッジグループの職員をしながら、トレーニングをしています。
--これまでで印象に残っているレースは?
いくつかあって、1つは2025年にオーストリアで一番大きいスキーモの大会の「バーティカル」という登りだけの種目に出場して優勝できたこと。ヨーロッパのレースで初めて優勝できたのですごく印象に残っていて、その後ヨーロッパの他の大会でも声をかけてもらうことが増えました。

もう1つが2023年におこなわれた「ピエラメンタ」 という、という、2人で山を越えていくレース。これは世界3大スキーモレースの1つとされ、4日間かけて全部違うコースを行くステージレースです。合計で標高10,000m登るかなりハードなレースを、日本人女性として初完走。このレースでゴールできたことは自分にとって大きな経験になりました。

あとは2025年の世界選手権でスプリント15位と、自分自身にとって過去最高順位だったレースです。予選を通過した選手は5組に分かれ6人ずつで走っていきますが、駆け引きがあるなかでミスをせず、自分的にも手応えを感じたレースでした。
--上田選手が、ささえてもらっていると感じるのはどなたでしょうか?
たくさんの方々に支えてもらっていますが一番はやっぱり星野コーチですね。出会っていきなり「スカイランニングで日本代表を目指そう」なんて、自分では頭に浮かばないようなことを提案してくれて、私の可能性を大きく広げてもらったと思っています。

もうずっと見てもらっているので、私の表情から、ちょっと気分がのっていなかったり、モヤモヤと迷いがあるときはそれを感じ取ってくれて。レース前はかなりナイーブになったりするのですが、そういうときに「大丈夫だよ」という言葉ではなく、私の性格を知っているからこそあえて強い言葉をかけてくれるときもあります。

例えば2025年の日本選手権のときは、そのシーズン、日本選手の中でワールドカップや世界選手権でトップの成績を出していたので、“勝たなくちゃいけない”と気負い過ぎていて、そんなときも「あなたはまだまだ挑戦者なんだよ」と言われて、確かに私はチャレンジャーなんだと自分の中に言葉をすっと落とし込めて、気持ちを切り替えることができました。

それから両親にも感謝しています。小さい頃から私が興味を持ったことをやらせてくれて。いろんなスポーツを体験させてもらえたことが今につながっていると思います。

ちなみに大学では老年学やスポーツ社会学を勉強していたので、(スポーツを)「する・みる・ささえる」といった役割のなかで私は支える側に行くと思っていたのですが、今はする側でたくさんの方たちに支えられています。
--上田選手がスキーモをするモチベーションは?
企業で働いていたとき、大きな仕事をして周囲から褒められてもあまり嬉しく感じられなくて…。反対に小さい仕事で誰からも褒められなくても自分にしかできないと思うことを達成できたときはとても嬉しくて、その気持ちを大切にしてきました。
こうした自分ならではのこと、自分にしかできないことをするのが私のモチベーションになっているので、スキーモでも、これまでスポーツで成功経験のない私がオリンピックで活躍することができたなら、それは私にしかできない、私だから伝えられるメッセージになるのでは、と思いました。

スタートが遅くても必要なことをしっかりと見極めていけば目標に届く、ということを伝えていきたい。

--スキーモやスカイランニングに限らずスポーツの魅力はどんなところにあると思いますか?
私自身もチャレンジし続けることを大切にしているので、それに対してチャレンジが見えやすくて、達成度もわかりやすいところだと思います。
あとはヨーロッパに来てわかったことなのですが、こちらの方たちは健康でなければスポーツをしません。日本だと少しくらい体調が悪くても無理して動いてしまいがちですが、「咳が出るなら練習どころではないでしょ、休もうよ」といった感じで、初めてヨーロッパに住んだときに日本での感覚との違いに驚きました。
生涯スポーツの観点で言うと、スポーツは健康につながるものだと思いますし、密接に健康と関係しているのもスポーツの魅力だと思っています。
--スキーモに対する周囲の人々の反応に変化はありますか?
私もSNSなどで発信しているので、それを見てスキーモのことを知ってくれる方もいますし、実際に山に入ったときも「それ、スキーモですか?」と興味を持ってくれたり、「スキーモの選手ですよね?」と声をかけられることが多くなったように思います。これもスキーモがオリンピックの種目になったことで、いろんなメディアが取り上げてくれるようになったおかげでしょうね。
--スキーモを楽しむ環境について
国内で私が練習拠点にしているのは群馬県の片品村。冬場は片品村にいて、元々はスキー場だった武尊牧場をトレーニングで使わせてほしいと村に申請を出し、登れるように許可をいただいています。ですので、ここにはスキーモを練習できる環境があります。
スキーモの道具は高額なため、私も気軽に勧められませんが、星野コーチがレンタル用の道具を揃えてくれているので、興味のある方はぜひいらしてください。スキーモを広める活動として体験教室やキャンプなども開催しています。
また、2026年からは片品村を拠点にし、ジュニア・ユース世代を中心にクラブチームをつくる予定で、もっとスキーモに親しんでもらえる環境をつくっていきたいと思います。
--スポーツをする人たちに上田選手が伝えたいメッセージは?
中央カレッジグループの職員として、高校生たちにお話をさせていただくことがあるのですが、スポーツに限らず私が伝えたいことは、チャレンジすることの大切さです。私は29歳で会社を辞めてスキーモの選手として活動する道を選びました。私が活躍することで、皆さんのチャレンジを1mmでも後押しできればと思いますし、始める年齢や環境はさまざまですが、目標に向けて必要なことをしっかりと見極めて進んでいけば、きっと目標に届くということを伝えていきたいと思っています。
プロフィール
上田絢加(うえだ・あやか)
大阪府出身。1993年2月10日生まれ
中央カレッジグループ 所属
現スキーモ日本代表。
2022年、白馬八方スーパーバーティカル優勝。
2025年1月、オーストリア「MOUNTAIN ATTACK」のSCHATTBERG-RACE優勝。
2025年3月、スキーモ世界選手権 スプリント15位。
2025年4月、スキーモ日本選手権 志賀高原大会 スプリント優勝。